ブリュッヒャーの戦いⅢ

「……いいでしょう。受けて立ちますよ、その一騎打ち」

「感謝する。では存分に戦おう」


 空気はにわかに緊張する。ゲルマニア兵もヴェステンラント兵も、この変わり者二人の様子を固唾を呑んで見つめていた。


「しかし魔法も使えない、か弱い少女相手に魔法で戦うとは、卑怯ではないんですか?」

「貴殿はか弱くなどないだろう。それに、貴殿は銃を持っている。これで対等では?」

「そんな、買い被りですよ」

「む、そうか……。それでは互いに魔法も銃もなしに戦うとしようではないか」

「賛成です」

「た、大佐殿……?」「隊長……!」


 ヒルデグント大佐は銃を投げ捨て、スカーレット隊長は黒い鎧を脱いだ。そして何の変哲もない鋼鉄の剣を持ち、鋭い眼光で睨み合う。


「では、お相手願おう」

「はい。喜んで」


 双方一歩ずつ前に進む。そして誰が開戦を告げるでもなく、お互いの呼吸があった瞬間に決闘は始まった。が、次の瞬間、スカーレット隊長の視界には鈍色の天井だけが映っていた。


「んなっ、何がっ……」


 僅かに遅れて後頭部に激しい痛みが走り、意識が朦朧とし始めた。その視界にすまし顔のヒルデグント大佐が現れた。


「はい、勝負は着きました。対戦ありがとうございました」

「た、隊長!!」


 魔導兵の何人かが反射的にスカーレット隊長に駆け寄り、同時にヒルデグント大佐に剣を突き付けた。同時にゲルマニア兵が魔導兵に銃を向ける。


「おや」

「や、やめろ。私は、名誉の決闘を挑んで、負けた。だから、我々はこれで、ブリュッヒャーを諦める」

「し、しかし……!!」

「隊長の言うことには従った方が賢明ですよ。それと皆さん、銃を下ろしてください」

「は、はあ……」


 兵士達は渋々武器を下げ、一触即発の空気は吹き飛んだ。スカーレット隊長は魔導兵の肩を借りながら何とか立ち上がった。


「さあスカーレット隊長、すぐにブリュッヒャーから退去してください。そうでなければ我々もあなた方の安全を保障できません」

「最初から、そのつもりだ。皆の者、今すぐクロエ様の許に戻れ!」

「はっ!」


 かくしてブリュッヒャーの戦いは誰にも予想外の形で幕を閉じたのであった。


「し、しかし、まさかあんな茶番で本当に撤退するとは……」

「最初から撤退するつもりだったんですよ、彼女は。ただその口実が――いえ、自分を納得させる理由が欲しかったというだけです」


 対人徹甲弾で重鎧が破られ、白兵戦に持ち込む戦術も無力化された重装魔女隊に勝ち目はなかった。故にスカーレット隊長は最初からブリュッヒャー攻略を諦めていたのだ。


「な、なるほど。ではスカーレット隊長は手抜きを?」

「さあ。弱過ぎたのでよく分かりませんね」

「はあ……」


 まあヒルデグント大佐はこの結末に満足しているようである。


 ○


 ACU2314 4/19  ブリタンニア共和国 ベダ


『――報告は以上です、クロエ様』

「あなたが力勝負で負けるなんて意外ですが、分かりました。敵は確実に、重騎兵と戦える兵器を持っているようですね」

『はい。しかし、ゲルマニア軍にどれほど普及しているのかは分かりませんでした』

「それは私が見極めます」


 戦艦を奪取、もしくは無力化することには失敗したが、ヴェステンラント軍が得られたものも大きかった。ゲルマニアには強力な機関銃と歩兵用の銃が存在し、それが重騎兵にとっても脅威となると事前に知ることが出来たのだ。


 もしももっと大きな戦いが初の対峙であったなら、ヴェステンラント軍は途方もない損害を負ったこと間違いない。


「さて、ブリュッヒャーを倒せなかったとなると、海の上で戦うのは困難です。すぐに艦隊を退かせましょう」

『よ、よろしいのですか?』

「ええ。どうせ勝てないのですから、ここで戦力を失うよりは艦隊を温存した方がよいでしょう」

『……はっ。しかしいきなり艦隊を繰り出してきて、ゲルマニア軍は一体何を考えているのでしょうか』

「狙いは考えずとも分かります」

『え、そ、そうなのですか?』


 深く考えるまでもない。


「はい。彼らの目的は我が軍の補給線を寸断することでしょう」

『な、何と! 一大事ではありませんか!』

「確かに、食糧は何とかなるにしても、エスペラニウムの補給が絶たれるのは、私達にとっては致命的です」


 ヴェステンラント軍が傀儡としているブリタンニア王国の拠点は北ブリタンニアにある。そこから南の戦線に補給物資を送る道を断つのが、ゲルマニア軍の目的だろう、とクロエは予測する。これは正解だ。


『しかし……我々は、その敵軍を食い止めることが……』

「上陸を食い止めるのは確かに無理でしょう。陸で迎え撃つのにも戦力が足りませんね」

『クッ……どうすれば……』

「大丈夫です。補給が絶たれてすぐに戦えなくなる訳ではありません。反対に、後ろに無理やり上陸したゲルマニア軍は補給が困難です。粘れば勝てない戦いではありませんよ」

『た、確かに』


 補給に困るのは寧ろゲルマニア軍の方なのだ。ゲルマニア軍が枯れ果てるまで粘れば、その思惑は破綻する。クロエには十分勝算があった。

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