ブリュッヒャーの戦いⅡ

 ヒルデグント大佐は余裕ぶっているが、そんな場合ではない。敵は戦車砲でも持ってこないと絶対に貫けない盾を持って迫っている。このままでは陣地を力ずくで破られてしまうだろう。


「ど、どうするのですか!?」

「仕方ないですね。こちらからやりに行きましょう。さあ、行きますよ」

「ちょ、大佐殿!?」


 ヒルデグント大佐はまた陣地から突撃銃片手に飛び出した。


「ど、どういうおつもりで!?」

「盾の後ろに回り込んで敵を殺します。さあ早く!」

「は、はいっ!」


 魔導兵もかなり無理をしているようだ。その盾は彼らにしても重く、とてもそれを構えながら戦えるようには出来ていない。ヒルデグント大佐は一気に駆け寄るが、その間に攻撃されることはなかった。そして盾の裏側に突撃銃を突っ込むと、僅かに目に入った敵兵目掛けて引き金を引いた。


 至近距離で突撃銃の対人徹甲弾を浴びた魔導兵は、重歩兵と言えど長くは持たず、その魔導装甲を貫かれて死んだ。ヴェステンラント兵はまさかゲルマニア兵が打って出て来るとは思わず、何が何だか分からないと言った様子だ。


「このまま突入! 敵を蹴散らして下さい!!」

「「はっ!!」」


 ヒルデグント大佐は狭い廊下で詰まっている重歩兵達の中に飛び込んだ。


「こ、こいつっ!」


 重歩兵は混乱から立ち戻るとすぐさま目の前に立つ彼女を斬りつけた。が、ヒルデグント大佐はその腕を掴み、その腹に突撃銃の銃口を押し当てた。


「所詮は魔法しか能がない魔女ですね」

「っ!?」


 引き金を引いて銃弾を叩き込む。たちまち数発の銃弾が胴を貫き、魔導兵は斃れた。ヒルデグント大佐は何食わぬ顔で弾倉を再装填する。


「至近距離では弩は使えない。しかし体術も大したものではない。これなら余裕ですね」

「流石にそれは大佐殿だけだと思いますが……」


 至近距離限定であるが、突撃銃はただの兵士を重歩兵と互角にやり合える存在にした。ゲルマニア兵はヒルデグント大佐に倣って突撃し、数十名の犠牲を出しつつも同じくらいの敵を殺すことに成功した。


「退け! 退け!!」

「おや、そうなりますか」


 大佐の目の前でヴェステンラント兵は撤退し始めた。無様な撤退劇だ。


「大佐殿、どうされますか?」

「まあ、この場はこちらも引き下がるとしましょう。陣地に戻って陣形を立て直します」

「はっ!」


 かくしてヒルデグント大佐はヴェステンラント軍の小賢しい作戦をことごとく無力化することに成功したのであった。が、それはあくまで彼女がその場にいてのこと。


「第4、第5小隊、防衛線を突破されました!」

「そうですか……それは面倒ですね」


 厚い盾を押し出した突撃でいくらかの陣地は突破されてしまったようだ。まあ無理はない。ヒルデグント大佐も特に咎める気はなかった。


「敵はどこを目指しているのでしょうか? 分かりますか?」


 大佐は艦内の地図を広げさせ、敵が突破した陣地を書き込ませる。


「地図を見る限りでは……敵は機関室を目指していると思われます」

「機関室ですか。艦橋ではないんですね」

「大佐殿、例え完全に占拠することが出来なくとも、機関さえ破壊してしまえばブリュッヒャーは暫く動けなくなります。それを狙っているのでは?」

「そうですね。そう考えて動くこととしましょう。では機関室前の、ここに行きましょう。ここで敵を迎え撃ちます」

「ここは放置してよろしいんですか?」

「まあその時はその時です。突破されてもまだ縦深はありますから」

「はっ!」


 ヒルデグント大佐は自身の護衛部隊を率いて機関室の手前の陣地に移動した。


 ○


 そして予想通り、ヴェステンラント軍はヒルデグント大佐の構えた陣地の前にやって来た。また大きな盾を無理やり構えている。


「同じ手ですか。であれば同じ方法で迎え撃つまでです」

「はい。やってやりましょう!」


 兵士達は意気軒昂。ヒルデグント大佐は陣地から打って出ての攻撃を命じようとしたが――


「ゲルマニア兵諸君に告ぐ! 私はヴェステンラント軍のスカーレット・ファン・ヨードル! 貴殿らと話がしたい!」

「こ、これは……」

「ほう。面白いですね。いいですよ! そちらから姿を見せてくれるのならば!」

「いいだろう!」


 盾の内側から黒い鎧を纏い、兜だけを外した凛々しい女性が姿を現した。言わずもがな、ブリュッヒャーに突入した部隊を率いているスカーレット隊長である。ヒルデグント大佐も彼女に応じて陣地から出る。


「貴殿がここの指揮官か?」

「はい。ヒルデグント・カルテンブルンナー大佐です」

「そうか。先程も名乗ったが、私はスカーレット・ファン・ヨードルだ」

「ゲルマニア軍ではあなたは有名人ですよ、スカーレット隊長」

「そ、そうなのか」


 スカーレット隊長は恥ずかしそうに視線を逸らした。


「それで、どういったご用件ですか? 私を誘き出して殺そうとでも?」

「そんな卑怯なことをするつもりはない! が、私は貴殿の戦の腕に感服しているのだ」

「それはどうも」

「そこで、貴殿と一騎打ちにて勝敗を着けたいと思う。どうだ?」

「……私が勝ったらあなた方が帰ってくれるとして、私が負けたらどうなると?」

「その時はこのまま戦いを続けよう。貴殿にこれ以上兵を損なわずに勝てる機会を与えたいだけだ」


 彼女が約束を本当に守るのならば悪くない話だ。

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