ブリュッヒャーの戦い

「か、化学兵器が効いていない……? そんな馬鹿な……」


 目の前で隔壁を突き破った剣を、ヒルデグント大佐は呆然と眺めていた。それほどまでに彼女の頭は混乱の渦中にあった。


「と、とにかく下がりましょう!! ここは危険です!」

「そ、そうですね……」


 兵士に引かれながら陣地の内側にまで戻ったヒルデグント大佐。それから数分と経たずに隔壁は破られ、黒い鎧の重歩兵が一斉に雪崩れ込んで来た。


「敵が来ます!」

「機関銃、撃ち方始め!! 対人徹甲弾の威力、見せつけてやります!」

「はっ!」


 射線上の廊下に魔導兵が入った瞬間、機関銃が火を噴いた。数十発の銃弾が魔導装甲を叩きつけ、そして貫いた。魔導装甲は破れ、魔導兵はたちまち蜂の巣になって死んだ。


「ははっ、いけるじゃないですか……! 撃ち続けよ! 敵を通すな!!」


 次々と押し寄せる敵兵を草を刈るように薙ぎ払う機関銃。曲がり角には死体が積み重なり山となる。対人徹甲弾の威力は重歩兵を相手にも十分通用するものであった。シグルズの読みは完全に当たっていたと言えるだろう。


 やがて数十の死体が積み重なった頃、魔導兵は恐れをなしたのか、廊下に出て来なくなった。


「敵が、退いていく……」

「や、やりましたね、大佐殿! これならば重騎兵相手にも戦えます!」

「ええ、その通りです。我々は奴らに対抗出来る武器を手に入れました。しかしまず、化学兵器が効かなかった理由は調べなくては」

「は、はい」

「死体を持ってきてください、少し調べます」

「はっ!」


 兵士に死体を運ばせ、その兜を脱がす。ヒルデグント大佐よりも一回り若い少女の死に顔が現れた。ヒルデグント大佐は静かに死体の目を閉じた。


「まったく、こんな若い子を犠牲にするなんて」

「魔女が最も力を増すのは15才前後と言います。仕方ないのでは……」

「ええ、まあ、今は感傷に浸っている暇はありません。兜を見せてください」

「はっ」


 兜を検分する。兜の鼻と口の辺りにこれまで見たことのない鉄板が外側に取り付けられており、その中には黒い粉が入っていた。


「こ、これは一体……」

「これは活性炭ですね。我が軍の防毒面でも使われているものです」


 空気中の物質を強力に吸着する性質を持つ活性炭。それを製造すること自体はヴェステンラントでも十分可能だろう。


「と、ということは――」

「はい。敵は化学兵器を無力化する手段を手に入れたということです。あまりにも早い対応ですが、実際にそうなっている以上受け入れるしかありませんね」

「そんなことが……」


 まさかこんな短期間でヴェステンラント軍が化学兵器に対処する手段を手に入れるとは誰も思わなかった。だが彼らがそれを手に入れてしまっている以上、そういうものだと割り切って臨むしかない。


「まあ大丈夫です。私達には対人徹甲弾があります。これなら重騎兵が相手でも戦えますよ」

「そ、そうですね」


 化学兵器などに頼らずとももう戦える武器がある。ヒルデグント大佐は自信を持っていた。


 ○


『どうしましたか、スカーレット隊長』


 突入隊を指揮するスカーレット隊長はクロエに通信をかけて指示を仰いでいた。


「クロエ様、とても悪い報告をしなければなりません。敵の機関銃が強化されています。重歩兵の装甲を、まるで普通の魔導装甲のように貫かれました」

『何と……それは、想定外ですね。武器を根本的に強化してくるとは思いませんでした』

「はい。従来の魔導兵ではあっという間に殲滅されてしまうかと」

『もしもゲルマニア軍の武器が全て更新されたのなら、そうでしょうね。ともかく、敵がそんな武器を持っているのならブリュッヒャーを制圧するのは困難そうです。引き上げても構いませんよ』

「そ、それは……」


 クロエは作戦を続行すべきではないと判断した。しかしスカーレット隊長はそう素直に引き下がれる性格ではない。


「クロエ様、もう少し敵の実力を調べた後に撤退します。それでよろしいですか?」

『敵に捕まったりしないで下さいよ』

「もちろんです。敵の銃を持ち帰れば調べも付くでしょう」

『そうですね。では武器の鹵獲だけ、よろしくお願いします』

「はっ!」


 かくしてスカーレット隊長はゲルマニア軍の実力を測るべき攻撃を続行する。


 ○


「敵です! また来ます!」

「そうですか。ならば蜂の巣にしてやりましょう。……撃ち方始め!!」


 黒い鎧が姿を見せた瞬間、ヒルデグント大佐は再び銃撃を開始させた。しかし今度は敵の様子が違った。


「た、盾……?」

「そのようですね。まったく面倒なことを」


 魔導兵は廊下を覆い尽くす巨大な黒い盾を持ち、それを無理やり持ち上げながらゆっくりと距離を詰めて来た。


「ど、どうしますか! 対人徹甲弾でも貫けません!」

「魔法なら撃ちまくっていればそのうち抜ける筈です。突撃銃、撃ち方始め!」


 初めての実戦があんなもの相手とは残念であるが、兵士達は突撃銃を両手で構え、全力で盾を撃った。こちらも対人徹甲弾が装填されている。機関銃の数倍の銃弾が叩き込まれたが、盾は破れなかった。


「や、破れない……」

「どうやら、あれは純粋な鉄の塊のようです。銃で貫くのは困難ですね」


 ヴェステンラント軍の盾は純粋な厚い鉄板のようだ。これではいくら撃っても銃ではどうにもならない。

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