エボラクム沖海戦

 ACU2314 4/19 ブリタンニア東部海域


 戦艦ブリュッヒャーを旗艦とし、数隻の甲鉄艦と30隻程度の戦列艦、その他輸送船で構成されたゲルマニア艦隊は、中部ブリタンニアの東海岸に上陸すべく北上を続けていた。


「カルテンブルンナー大佐、よろしく頼むぞ。戦艦が奪われる訳にはいかないのだ」

「はい、お任せください。何も問題はありませんよ、シュトライヒャー提督」


 上陸を仕掛ける2個艦隊のうち、こちらはヒルデグント大佐の第89機甲旅団を擁する主力艦隊である。シュトライヒャー提督が直卒する艦隊だ。


「しかし提督閣下、完成しているアトミラール・ヒッパーを主力艦隊に回した方がよかったのでは? その方が閣下も安全でしょうに」

「別に私の身の安全などどうでもいい。私が直接見れない方が不安だからアトミラール・ヒッパーを回し、私と君が守る方をブリュッヒャーにしたんだ」

「はぁ、なるほど」


 シュトライヒャー提督は心配性で、部下に任せることになる艦隊に完成したアトミラール・ヒッパーを配属し、自分で面倒を見られる自身の旗艦に未完成のブリュッヒャーを選んだのであった。


「君のことは信用していいのだろう? だったら、大丈夫だ」

「それは……努力はしますが、守り切れる保証は出来ません」

「そこは嘘でも出来ると言ってくれ」

「そうですか。それでは必ず、この艦を守り抜くとしましょう」

「……まあ、それでいい」


 自分の実力を精確に把握している人間の方が信用出来るだろう。恐らく。


 ○


 翌日。


「閣下! 敵艦隊を発見しました!! 前方40キロパッススです!」

「やはり来たか。敵を回避することは出来ん。こちらから攻撃を仕掛けるぞ。全艦戦闘配置!」

「はっ!」


 数十隻のヴェステンラント艦隊がゲルマニア艦隊を阻止すべく立ちはだかった。それに対しシュトライヒャー提督は積極的な攻撃を指示する。


「カルテンブルンナー大佐、君は艦内の守備についてくれ」

「はい」


 艦内にヒルデグント大佐率いる警備隊が配置された。機関銃に化学兵器、それに新品の突撃銃を装備した精鋭部隊である。もちろん対人徹甲弾も十分な数が配備されている。


 艦隊はヴェステンラント艦隊を仕留めるべく前進する。


「敵艦隊、戦艦の射程に入りました!」

「よーし、行くぞ。撃ち方始め! 奴らを木端微塵にしてやれ!」

「はっ!」


 戦艦ブリュッヒャーが戦いの火蓋を切った。密集する敵艦隊にまず6発の砲弾を一斉に叩き込む。


「2発命中! 命中した敵艦はいずれも沈んでいます!」

「よし。砲弾の威力も確実に上がっているな」


 炸薬を増やした新型砲弾だ。ヴェステンラント軍の木造船では最早耐えることは出来ない。


「このまま撃ち続けるぞ! 敵を近寄らせるな!」


 ヴェステンラント軍の弩砲など到底届かない距離からの砲撃。彼らは全く為す術もなく、次々と沈められていく。が、彼らも黙ってはいなかった。


「魔導反応多数確認! 魔女です! 来ます!」

「やはりブリュッヒャーを狙いに来たか……。対空砲はない。カルテンブルンナー大佐に任せるしかないな」


 ブリュッヒャーに接近する魔女を撃墜する武器はない。全てはカルテンブルンナー大佐にかかっている。


 ○


 魔女達は全く抵抗を受けないままブリュッヒャーの甲板に乗り移り、次々と艦内に侵入している。


「大佐殿、敵が、来ます」

「そのようですね。落ち着いてください。いつも通りに敵を殺せばいいのです」


 機関銃を固定した陣地に身を潜めながら、ヒルデグント大佐は静かに命じる。


「敵軍、艦内に侵入!」

「ふむ……。これはいい感じに入って来てくれていますね」

「いい感じ、とは?」

「ちょうど化学兵器が使えます。別に出し惜しみするものでもありませんし、とっとと使ってしまいましょう。全軍に通達、化学兵器を投入せよ」

「はっ!」


 化学兵器は事前に設置されたもので、敵が上手く噴射区画に入ってくれないと使えないが、今回はたまたま区画に入ってくれた。ヒルデグント大佐は容赦なく化学兵器による攻撃を命じる。


「隔壁を全て封鎖しました!」

「全員防毒マスクは付けていますね」

「もちろんです!」


 活性炭による吸着缶を装着した防毒マスク。一部の工場で使われていたものだが、化学兵器を使用する為に量産されたものだ。


「噴射を開始して下さい」

「はい!」


 隔壁によって密閉された空間に毒ガスが噴射される。非致死性ではあるが、とても立ってはいられないほどの苦痛を相手に与える代物だ。20分程度の噴射で人間は十分に戦闘不能になるだろう。


「そろそろですね。様子を見に行くとしましょうか」


 ヒルデグント大佐はおもむろに陣地から出た。


「た、大佐殿、危険です!」

「大丈夫です。化学兵器に対抗する手段は敵にはない筈ですから」

「し、しかし……」


 部下達の忠告を無視してヒルデグント大佐は隔壁へと歩いて行った。


「さて、中の様子はっと……」


 この為に隔壁に取り付けられた僅かな覗き穴。ヒルデグント大佐はそこから中の様子を窺おうとするが――


「っ!?」


 彼女の顔の目の前を剣が掠めた。鉄を真っ赤に切り裂いた魔導剣である。

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