ツェルベルス作戦

「さて、我が総統、ツェルベルスをご存知ですかな?」

「何となくは知っているぞ。神話に出てくる首が3つある犬だな」

「何とも大雑把ですが、その通りです。冥界の番犬として有名ですな」


 春作戦に引き続き、ザイス=インクヴァルト大将の命名はいつも突飛である。


「で、そのツェルベルスが何だと言うんだ?」

「総統も仰ったように、ツェルベルスは3つの首を持った化け物。我が軍もツェルベルスのようにヴェステンラント軍を喰い殺します」

「……もっと具体的に言ってくれたまえ」

「はい。まあ言ってしまいますと、3方面からの同時攻撃です。即ち、現在ブリタンニア島にいる部隊に加え、ブリタンニア中部に2ヶ所同時に上陸を仕掛け、ヴェステンラント軍の補給線を寸断します。また上手くいけば部隊を進軍させ、ブリタンニア島を分断出来るかもしれません」

「なるほど。それで戦艦が2隻必要だったのか」

「そういうことです」


 ブリタンニアには南北に伸びる主要な街道が2つある。これを後方で切断してしまおうというのがザイス=インクヴァルト大将の作戦である。


「だが補給線を切ってどうするんだ? それでヴェステンラント軍が降伏するのか?」

「いえ、そうはならないでしょう」


 別に補給線を切断したとて、食糧などは略奪で補うことが出来る。エスペラニウムも節約すれば暫くは持つだろう。


「とは言え、補給線が寸断されればいずれ戦えなくなるのは事実。であれば彼らは、余裕があるうちに状況を打開すべく行動することが予想されます」

「打開か。つまりベダから出てくると?」

「はい。そして最も考えられるのは、南の我が軍主力部隊を撃滅しようと出撃してくることです」

「南なのか?」

「はい。その後で北に軍を差し向けるでしょう」

「それもそうか」


 真っ先に北に向かうなど、占領地のほとんどを捨てると同義だ。故にヴェステンラント軍はまず南のゲルマニア主力部隊を叩き、補給線を再び繋げに北に向かうと考えられる。


「つまり再び決戦を挑むのだな?」

「はい。そのために機甲旅団に最新の装備を持たせたのです。但し、機甲旅団のうち1つは上陸部隊に加えたいと思いますが」

「2個機甲旅団で決戦を挑むか。勝てるのか?」

「必ずや、勝てます。どんなに悪くても敵に損害を与えることさえ出来れば、ヴェステンラント軍は窮地に陥ることでしょう」

「まあその根拠は問わん。勝てるというのなら信用しよう」


 ヒンケル総統にザイス=インクヴァルト大将の言葉を疑う気はなかった。彼が言うのなら彼の中に十分な確信があるのだろう。


「さて、ツェルベルス作戦は大まかな言えばこのようなものです。閣下、御裁可を頂けますか?」

「他の者に異論がなければそれでよいが、特にシュトライヒャー提督、本当によいのか?」


 ブリュッヒャーを実戦投入することについてだ。


「陸軍がきちんと艦を守ってくれるのならば、大洋艦隊としてはそれで構いません」

「無論です、提督。魔女など陸軍の兵器の前には無力です」

「何とも具体性がありませんが……まあいいでしょう。もしも魔女が乗り込んできた場合、艦内で迎え撃つしかないこと、くれぐれも忘れるなよ」

「勿論だとも」


 海軍としてはその条件で作戦に協力する。


「他は? 何かあるか?」

「恐れながら、大将閣下にお尋ねします」


 カルテンブルンナー親衛隊全国指導者は手を挙げる。


「ふむ。何だ?」

「北ブリタンニアに上陸する機甲旅団とはどの機甲旅団になるのか、お答え願えますか?」

「そんなことを聞いて親衛隊に何の得が? あー、いえ、もしかしなくても娘さんが心配なのでは?」

「ええ、その通りです。どうも帝国軍は親衛隊の権威を貶めようとする癖があるようですから」


 確かに親衛隊に難題を押し付けて失敗させ、その権威を失墜させようとした事例は、ないわけでもない。


「馬鹿を言え。だが、質問に答えるのならば、上陸させるのは君の娘が率いる第89機甲旅団だ」

「ほう。やはり私の申し上げた通りでしたか」

「勘違いをしないでもらいたい。我が軍はあくまで彼女がこの任務に適切だと判断したからこのように配置したまでのこと」

「ではその根拠を聞かせて頂きたい」

「簡単なことだ。オステルマン中将には無理をさせられない。ハーゲンブルク少将は対人徹甲弾の初投入に当たって不可欠。ならば残るはカルテンブルンナー大佐のみだ」


 簡潔で明瞭な回答。しかしそれがザイス=インクヴァルト大将の真意であるのかどうかは、誰にも分からない。


「まあまあ、大将もそう言っているんだ。君の娘の信頼されているということだろう。ここは矛を収めてくれ」

「……分かりました。それでよいでしょう」


 カルテンブルンナー全国指導者はとりあえず折れた。


「さて、他に懸念するところはないか?」


 特に異論はなく、将軍達は静かに頷いた。


「それではザイス=インクヴァルト大将、ツェルベルス作戦の発動を許可する。物資はいつも通り、西武方面軍に最優先で回そう。後はよろしく頼む」

「はっ。必ずや皇帝陛下と我が総統のご期待にお答えしましょう。万事お任せ下さい」


 かくして春作戦に続く大規模攻勢、ツェルベルス作戦が開始された。

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