第四十九章 ツェルベルス作戦

オステルマン旅団長復帰

 ACU2314 4/5 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン


「ジークリンデ・フォン・オステルマン中将、ただいまより軍務に復帰いたします。長いことご迷惑をかけました」


 オステルマン中将はようやく怪我から回復し、第18機甲旅団の旅団長としてゲルマニア軍に復帰した。というのをザイス=インクヴァルト大将に報告しに来たのである。


「うむ。君が失われるかと思うと心配で夜も眠れんかったぞ」

「ご冗談を。シグルズとカルテンブルンナーの娘さんがいればもう十分戦えますよ」

「そんなことはない。機甲旅団が一つ使い物にならなくなる影響をもっと考えてくれたまえ」


 機甲旅団は帝国陸軍の要。これが一個でも機能不全に陥ればザイス=インクヴァルト大将とてヴェステンラント軍相手に守勢に回ってしまうものだ。


「さて、具合は大丈夫かね?」

「はい。左腕が吹き飛んだだけですよ。別に問題ありません」

「もっと自分の身を労われ。西部方面軍総司令官からの命令だ」

「閣下が仰るのなら、まあ少しは自重します」

「それでよい」


 かくして機甲旅団は3つ、万全な状態で揃った。ザイス=インクヴァルト大将の作戦は開始される。


 ○


 ACU2314 4/5 総統官邸


「我が総統、条件は全て整いました。いよいよヴェステンラント軍をエウロパから追放する好機が訪れたのです!」


 ザイス=インクヴァルト大将はヒンケル総統の前で高らかに宣言した。が、ヒンケル総統はポカンとした表情をしている。


「……まずはその条件というのを教えてくれ。一体何がどうなったのだ?」

「おっと、これは失礼を。つい言いたいことが先走ってしまいました」

「で、何だ?」

「まず気候です。やっと冬が終わり、春が訪れました。ダキアのように泥濘が生じる訳でもありませんから、我が軍が攻勢を掛ける好機です」


 戦車は地面の状態に大きく影響を受けるし、寒いと兵士達の士気が低下する。その点、春が訪れたのはゲルマニア軍にとってよいことだ。


「なるほど」

「次にようやく機甲旅団が揃ったことです。オステルマン中将は復帰。第88機甲旅団は装備と兵員の補充を完了させました」

「ふむ」

「三つめは対人徹甲弾が一会戦分は揃ったことです。これで最低限の攻撃を仕掛けられます」

「そうなのか? とても足りていないと聞いているが」


 ルシタニアの協力を得て量産を開始している対人徹甲弾。しかしまだまだ数は少なく、全軍に行き渡らせることは出来ない。


「機甲旅団が使う分くらいは用意出来ています。彼らが対人徹甲弾で敵の防衛線に穴を開け、敵を混乱させます」

「そうか。それでよいのならそうなのだろうな」


 一部の精鋭部隊だけが最新の装備を持っていればいい。ザイス=インクヴァルト大将はそう判断している。実際、これまでだって機関短銃や戦車などの装備は、当初は極一部の部隊にしか配備されていなかったのだ。


「加えて、同じようなことですが、機甲旅団が使う分の突撃銃、およそ2万丁を確保することが出来ています。恐らくは、重騎兵に対して非常に有効な武器となるでしょう」

「もっと全軍に配備したいものだが」

「閣下、我が軍にはゆっくりと準備を整えて攻撃を仕掛けていられるような余裕はありません。勝算さえ立てば仕掛けるしかないのです。いつ世界情勢がひっくり返るかは分からないのですから」

「そうだな……。それはそうだ」


 ガラティア帝国がいきなり戦争を仕掛けてくるかもしれない。大八州が戦争から離脱するかもしれない。最悪の事態を考えるのならば、一刻も早く少しでも状況を有利にしておくべきだろう。


「それと、海軍の方では二番艦ブリュッヒャーが完成したそうです。ちょうど私の作戦に使いたいと思っておりました」

「ま、待て。ブリュッヒャーはまだ完成などしていないぞ」


 シュトライヒャー提督はザイス=インクヴァルト大将に突っ込む。たったの一ヶ月でブリュッヒャーが完成する訳がない。


「先月は使えたではないか」

「あれはただ海に浮かんでいただけだ。主砲しか使えん」

「主砲が使えるのならヴェステンラント軍相手には十分だろう?」

「もしも敵に接近されたらどうするんだ? 近くの敵船を打ち払う装備も対空砲もないんだぞ?」

「安心しろ。今回も陸軍の特殊部隊を乗せる」


 化学兵器を装備した陸軍の特殊部隊。これがいれば少なくとも艦を乗っ取られるという最悪の事態だけは回避出来るかもしれない。


「二度も同じ手が通じるのか?」

「ヴェステンラント軍が化学兵器に対抗出来ると?」

「そ、それは……方法は思い付かんが」

「なら問題ないではないか」


 確かにどんな魔法を使っても、目に見えない吸い込んだだけで詰みの兵器に対抗することは不可能だ。少なくともゲルマニア軍の知る限りの魔法では、だが。


「大将の言い分は分かった。で、君は戦艦を二隻使って何かをしようとしているのか?」

「その通りです、閣下。戦艦が二隻あれば、艦隊を二カ所で同時に展開出来ます。これで作戦の幅は大きく広がります」

「そこまで言うのなら、作戦はもう考えてあるのだな?」

「無論です、閣下。名付けてツェルベルス作戦。ブリタンニアを完全に解放する作戦です」


 ザイス=インクヴァルト大将の一人語りが始まる。

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