エボラクム上陸

 ACU2314 4/20 ブリタンニア王国 エボラクム


「さて、思った通り敵はいませんね」

「不気味ですらありますね……」


 ヒルデグント大佐率いる第89機甲旅団はブリタンニア中部、大街道が海岸に近づく地点であるエボラクムに上陸することに成功した。しかしそこにはほんの数十名のヴェステンラント軍の見張りが立っていただけで、彼らは艦隊を見るやすぐに降伏した。


 かくして一発の銃弾も放たれることはなく、ゲルマニア軍はブリタンニアに上陸することに成功したのであった。


「さて、それでは海岸に陣地を築いて、街道を押さえに行くとしましょう」

「はっ!」


 東側の街道は次の日には制圧された。西側の街道もまた同様に押さえられ、ツェルベルス作戦の第一段階、補給線の切断は予定通り成功したのであった。


 ○


 ACU2314 4/20 ブリタンニア共和国 ベダ


 ベダに司令部を置くクロエにも当然、その報せは届けられた。


「――やはりそうでしたか」

「街道は完全に寸断されてしまいました。無論、細い道しかない森の中から物資を運び込むことも出来ますが、とてもこれまで通りの量を補給することは出来ないでしょう」

「分かっていますよ。しかし、問題はありません。エスペラニウムは使わなければ消耗することはありませんし、春に入った今、戦闘以外で魔法を使う必要はありません。補給線が寸断されたところで私達が追い詰められたということにはなりませんよ」

「し、しかし殿下、食糧は必ず減っていきます。これについては……」

「あまりやりたくはありませんが、いざとなれば周辺の住民から略奪するしかないでしょうね。仕方ありません」


 全く気は進まないが、ブリタンニア人から小麦やその他諸々を略奪する他ないであろう。クロエもそのくらいの覚悟は決めてここに居座っている。


「まあ、焦ることはありません。敵が動くまでは私達も動きません」

「はっ」


 クロエはあくまで泰然と、ゲルマニア軍の挑戦を受け流した。


 ○


 ACU2314 4/26 ブリタンニア共和国 王都カムロデュルム


「ふむ……ヴェステンラント軍は全く動く気配なし、か」

「はい、大将閣下。ヴェステンラント軍はベダに引き籠り、一向に動きを見せません。これは作戦が失敗したと言わざるを得ないのでは?」


 オステルマン中将はザイス=インクヴァルト大将に直球な意見を述べた。確かに大将が当初唱えていたヴェステンラント軍を決戦に引きずり出す作戦は失敗しているかもしれない。


「確かに、敵を見誤っていたようだ。敵の司令官は私が思っていたより成長しているようだな」

「おや、認められるんですか? 珍しいですね」

「あくまで当初の作戦は失敗したというだけだ。まだ策は残っているとも」

「新しい作戦ですか? 総統閣下にも黙っていたと?」

「敵を騙すにはまず味方から、だ」

「まあ……。それで作戦とは? まさかこのままベダに突入でも?」

「対人徹甲弾があってもそれは危険過ぎる。敵を野戦に引きずり出す方針は変わっていない」


 ヒルデグント大佐のように重歩兵相手に白兵戦を挑める者は極僅かだ。敵の拠点に乗り込んで奇襲を喰らえば、対人徹甲弾を装備した機甲旅団とて大きな損害を負うだろう。それに敵の拠点ともなれば弩砲が隠されているのは間違いない。


「なるほど。それでは何を?」

「まあ見ていれば分かる」

「事前に教えて下されると助かるのですが」

「それではつまらないではないか」

「はぁ」


 ザイス=インクヴァルト大将第二の策が始動する。いや正確には、もうとっくに始動していた。


 ○


 ACU2314 4/27 ブリタンニア共和国 ベダ


「申し上げます、殿下。中部に上陸したゲルマニア軍は西に進軍を続けています。まるでブリタンニアを2つに切り裂かんばかりの勢いです」

「そうですか……。マキナ、彼らは略奪でもしているのですか?」

「いいえ、そのようなことは確認されていません」

「ふむ……おかしいですね」


 後方に上陸したゲルマニア軍はヴェステンラント軍がいないのをいいことに暴れ回っている。しかし彼らの銃弾や食糧が尽きる様子はなく、略奪を行っている様子もないという。その割に彼らが上陸してから中部にゲルマニアの船が到着したことは一度もないのだ。


「クロエ様、我が軍も占領地の全てを掌握している訳ではありません。ブリタンニア側が我々の掌握していない道を通って北に補給を行っている可能性もあるかと」

「そうですね。それしか考えられません。クロムウェル護国卿の仕業でしょうね。こちらにも地の利はある筈なんですけど」


 ヴェステンラント軍とて南部のゲルマニア軍と中部の上陸部隊の間を完全に寸断している訳ではない。主要都市を点で押さえているだけで、線や面を支配することは出来ていないのだ。故にブリタンニア共和国が地の利を活かして密かに補給を行っている可能性は十分にある。


「クロエ様、これは大問題です。敵の上陸部隊が干上がらないのであれば、私達の方が干上がってしまいます!」


 スカーレット隊長は強い危機感を持った。上陸して孤立したゲルマニア軍が補給を切らすのを待つのがクロエの作戦であったが、それが完全に破綻したのである。


「確かに問題です。とは言え、前にも言った通り、補給が切断されたところで私達は戦えます。まだ負けた訳ではありませんよ」


 とは言えクロエもじりじりと追い詰められているのは事実だ。

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