終焉

 ACU2314 3/10 平明京 金陵城天守


「敵勢、本丸一番門を、突破しました!」

「もう、終わりか」


 生き残った諸将は明智日向守の下、ほとんど意味のない軍議を開いていた。だがそれもこれで最後になりそうだ。ガラティア、ヴェステンラント軍は大きな犠牲を出しつつも最後の城壁を突破し、今や彼らのいる天守に迫りつつある。


「曉様も行方知れずの今、最早戦うことに意味はない。皆、逃げよ。命あっての物種ぞ」

「し、しかし……」

「死ぬことは忠義にあらず。生きてこそ忠義も果たせる。無駄死にはするな」


 明智日向守は諦めきった顔で諸将を諭す。総大将を失い、兵も失い、彼らには最早戦う力は残されていなかった。


「まだ城は囲まれていない。今ならばまだ逃げられる。いち早く逃げ延びよ!」


 広大な平明京の中心にある金陵城もまた広大である。敵の六万程度の兵力では完全に包囲することは不可能。逃げ道はいくらでもある。明智日向守の言葉に従い、諸将は続々と都の外に脱出を開始する。


「殿、お早く! 敵がもうすぐ傍に!」

「ああ、そうだな。我らも逃げよう」


 かくして平明京は陥落し、曉側にあった諸将、兵士は四方八方に敗走したのであった。


 ○


 それから数日。明智日向守は人に見つからぬよう山奥を彷徨っていた。


「北に行けば我らの城がある。そこまで落ち延びれば――っ!」


 その瞬間、明智日向守の頬を一本の矢が掠めた。


「て、敵です!!」

「一体どこから!?」

「うっ……」


 木々の間から大量の矢が飛来する。明智日向守の供回りの兵らは次々と貫かれ倒れていった。たちまち立っているのは彼と数人の者だけになってしまう。


「武田の手の者、か。最早これまでのようだな」

「と、殿!?」


 明智日向守は馬を降りて森の中に潜む者たちに呼び掛ける。


「我こそは明智日向守晴秀! さあ、この首取って手柄とするがよい!」


 するとみすぼらしい恰好をした数十の男達が森から現れた。供回りの者共は応戦しよく戦ったが、あまりの数の差にたちまち全滅した。残るは明智日向守、ただ一人。


「百姓か。この首をくれてやるには惜しいものだな」

「お覚悟!!」

「ああ……」


 彼は百姓達に首を差し出すように座り込み、名もなき男はその首に刀を振り下ろした。


 ○


 ACU2314 3/11 平明京 金陵城 天守


「これが平明京か。何とも美しい都だ」


 アリスカンダルは天守に登り、広大な水の都を羨望の眼差しで眺めていた。


「はい。我が国の帝都ビュザンティオンの人口はおよそ八十万。対して平明京の人口はおよそ二百万と言われております。世界でも類を見ない大都市です」


 イブラーヒーム内務卿は意気揚々と説明するが、アリスカンダルはつまらなそうに聞いていた。


「はあ……そういう話ではない。君は少々官僚に染まり過ぎているな」

「そ、そう言われましても……」

「戦いの末に勝ち取ったものは美しく見えるものだ。そうは思わないか?」

「え、ええ、まあ」


 アリスカンダルの哲学にはあまりついていけないイブラーヒーム内務卿であった。


「さて、ドロシアも来ているのだったな」

「はい。もうじきここに来られるかと」


 ドロシアはまもなく天守を訪れ、そこでアリスカンダルと再び会談することとなった。


「さてドロシア、君とは折り入って話したいことがある」

「はあ。何でしょうか?」

「まず、君は私が死ぬように、敵に道を開けたな?」


 ドロシアが明智日向守の突撃に道を譲った件についてである。が、ドロシアは全く心外であるとでも言わんばかりに驚いて見せた。


「まさか、そのような馬鹿なことは仰らないでください。敵の勢いは甚だ激しく、これでは我が部隊が先に壊滅すると考え、やむなく兵を退かせただけです」

「ドロシア殿、それはつまり、陛下をお守りする努力を怠ったということでよろしいですか?」


 イブラーヒーム内務卿は率直に問う。


「確かに、そうかもしれませんねえ。とは言え、私は陛下の家臣ではありません。あくまで対等な協力者。私が命を賭けてまで陛下をお守りする義務はありません」

「ひ、開き直るのですか!?」

「やめよ、内務卿。彼女の言う通りだ。彼女がそこまでして私を守る理由はない」

「しかし……」

「この件は特に不問とする。いいな?」

「は、はい」

「どうも、ありがとうございます」


 もっとも、アリスカンダルの目にはドロシアの部隊が壊滅寸前であるようにはとても見えなかったが。つまるところ彼は、ドロシアの反応を見て楽しんでいただけなのである。或いは彼女の性分を見極めていたとも言う。


「さて、本題はこれではない」

「と、言いますと?」

「私は君と、同盟を結びたいと思っている。共に大八州を攻める同盟だ」

「ほう。つい最近まで味方だった大八州に、本気で攻め込むんですか?」

「その通りだ。やるからには徹底的にやるとも」


 元より大八州とガラティアは敵であった。その状態に戻っただけである。アリスカンダルは更なる領土拡大の為、大八州本土にまで攻め込むつもりだ。


「我々は陸路から、君達は海路から。二方面から攻め込み、大八州を攻め落とそうではないか」

「確かに、面白い話ではありますね」


 ドロシアとしてもまだ独力で大八州を打倒出来る戦力はない。同盟は悪い話ではないのだ。

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