一騎打ち
「へ、陛下! 前衛部隊が突破され、敵勢が迫っております!!」
「ほう。ドロシアめ、わざとやっているな」
自信が死の危険に晒されているにもかかわらず、アリスカンダルは興奮して笑みを浮かべる。
「どうやら、陣を進めたのが失敗だったようですね……」
イブラーヒーム内務卿は悔しげに。兵の士気を上げる為に皇帝の本陣を城内にまで前進させていなければ、こんな事態にはならなかったであろう。
「いいのだ。あの時は間違いなく最善の選択であったからな」
「そ、それで、どうされましょうか、陛下? すぐに本陣を下げるべきかと思いますが」
「いいや。陣は下げぬよ。私はここで奴らを迎え撃つ」
「ほ、本気ですか!? そ、それでは陛下の御身があまりにも危険です!」
「彼らは私に戦いを挑んできた。私はそれを受けて立たねばならない」
アリスカンダルは泰然として言い放った。まるで自らの命など闘争の前には些細なものだと言うように。
「そ、そんなことはありません! まずは陛下の安全を――」
「私は、ここで戦う。去りたいものは勝手に去るがよい。咎めはしないよ」
「ど、どうしてそのような……陛下は、失礼ながら、陛下がいなくなった国のことをお考えなのですか?」
「皇帝などいくらでも替えの効く機構に過ぎない。私一人がいなくなったとて、国は回るさ。内務卿たるお前ならわかっているだろう」
「し、しかし……」
「まあよい。私は私を殺すことに全てを賭けた男、明智日向守の挑戦を受けて立つ。残りたい者は残れ。死にたくない者は好きに逃げるがよい!」
アリスカンダルは諸将に高らかに宣言した。果たして、彼の家臣に自らだけ逃げようとする薄情者はいない。
「我ら、この身が果てる時まで陛下と共に戦います!!」
「陛下には指一本とて触れさせません!!」
「よく言ってくれたな。では、戦だ」
アリスカンダルはわざと目立つように黄金の鎧を纏い、重く長い剣を腰に提げた。
〇
「明智殿! 見えました! 敵の本陣です!」
「こうも簡単に……いや、気にしている余裕はない。敵はすぐ目の前ぞ! アリスカンダルの首を取れ! それ以外は捨て置け! 進めっ!!」
「「「おう!!!」」」
明智日向守は自らが陣頭で指揮を執り、飛来する無数の矢を跳ね除け、ファランクスの長槍の先に突撃する。
「槍など見掛け倒しぞ! 怯むな!!」
そう言うと、明智日向守は目の前の槍の穂先を切り落とした。武士達は活気付き、次々と彼に従って突入する。多くの物が槍に貫かれたが、それ以上の槍を切り落とし、間合いの内側に突入する。
ガラティア兵は武器を槍から剣に持ち替え、乱戦が始まった。
「申し上げます! 曉様、敵の魔女を降し、戻られております!」
「そうか。それはよい」
曉が帰還した。空からの援護は期待出来るだろう。
「敵味方およそ五千ずつ。ここでは互角だ。それに曉様がおられれば、勝てる……」
明智日向守は手に汗を握りしめながら呟いた。が、そう上手くもいかないのである。
〇
「――今度は誰?」
曉の前に白い布で顔を覆う奇妙な格好をした少女が立ち塞がる。お互いに飛んでいるが。
「私はガラティア帝国軍不死隊長、ジハード・ビント・アーイシャ! ここから先は通さんぞ!」
「あーそう。そう言えば聞いたことがあるわ。ガラティア最強の魔女だそうね」
「な、何だその薄い反応は!」
「ガラティアで最強って言われても、ねえ?」
曉はわざとらしく肩を竦める。確かにジハードはガラティアで最強の魔女であるが、世間一般にはレギオー級の魔女と認識されていない。曉は全く舐め切っていた。
「こ、この……! 目に物見せてくれる!」
「ほう? やるの?」
ジハードは両手にガラティアらしい湾曲した剣を作り出した。曉もそれに応じて純大八洲製の太刀を作り出す。
「覚悟っ!!」
ジハードは突風の勢いで曉と距離を詰め、彼女に体当たりせんばかりの勢いに任せて剣を振り下ろした。
「はあ、またそれ?」
「何っ!」
曉は気怠そうに軽く斬撃を受け止めた。つい先程のシャルロットと同じような攻撃であった。
「そんな単純なやり方では殺せないわよ? もっと工夫しなさい」
「別にお前を殺す必要はない。ここで足止めしていればよいのだ」
「あー、そういうタチね。じゃあとっとと死んでもらいましょう!」
曉が斬りかかる。重い一撃であるが、ジハードは軽々と受け止めた。というより、その剣戟を横に流された。
「――ほう。やるじゃない」
「守ることこそ私の役目だ」
曉はジハードと距離を取る。ジハードは自分の魔力の少なさを技術で補うことを是とする魔女であり、相手の力を逸らす技術に長けているのだ。
――シャルロットより面倒臭いのに当たったわね……
シャルロットは頭が悪いし相手を殺すことしか考えていないから楽だったが、ジハードは自分の実力を正しく認識して冷静に戦う魔女だ。そう簡単には無力化出来ない。
「クソッ。まあ、こいつを引き付けておけるだけいいとするか」
「真面目に戦え! 行くぞ!」
「ええ、受けて立つわ」
曉とジハードの攻防は決着が付きそうにもなかった。
〇
「殿! 押し切れませぬ!」
「こやつら、逃げるということを知らぬと見えます!」
「クッ……何故だ……」
兵数は同等。兵の質は勝っている。であるのに、明智日向守は敵を押し切ることが出来なかった。
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