止めの攻撃Ⅱ

「クッ。敵は油断せぬか」


 明智日向守は苦虫を嚙み潰したような顔をして唸る。緒戦の大勝利のせいでヴェステンラント軍はすっかり慎重になっており、調子に乗って城の奥まで攻め込んでは来なかった。


「どうするの? あなたの得意な包囲は出来なさそうね」

「はい、残念ながら。こうなってしまっては、最早取り付く島もありますまい」

「諦めるの?」

「いいえ、決してそのようなことは。王道で勝てないのなら、邪道で勝つのみです」

「今までのも十分邪道だと思うんだけど」

「それはご容赦ください」


 物陰に隠れて奇襲を仕掛けるというのは、明智日向守からしてみれば王道の範疇である。であれば邪道とは何を意味するのか。


「で、どうする気?」

「こうなれば、真正面から敵に突撃します」

「は? それこそ王道じゃない」

「いいえ、曉様。兵に劣っている時、上策は戦わぬこと、中策は奇策を以て勝利することです。真正面から戦うなど兵法の常道から見れば沙汰の外でしょう」

「そう……。で、その沙汰の外のことをしようとしていると?」

「はい。それしか勝ち目は見出せませぬ」


 兵法からすれば論外とも言える行動を明智日向守は取ろうとしている。曉は少し興味を持った。


「面白いじゃない。それでどうやって勝つの?」

「アリスカンダルの首を取ります。あの男さえ殺すことが出来れば、敵は瓦解します。アリスカンダルは我らの勝手知ったる城内に陣を敷いており、これを突くことが出来れば、我らの勝ちです」

「アリスカンダルの本陣なんて一番遠くにあるじゃない」

「はい。ですから、アリスカンダル以外には目もくれず、ただ本陣を目指して突撃しなければなりません」

「へえ。楽しそうなことを考えるじゃない。乗ったわ。私も出る」

「あ、曉様、お待ちくだされ! いくらなんでも、全滅の危険を冒すことはありません!」


 上杉家の重臣、直江蒙古太守晴兼は作戦を取り止めるように訴えた。


「ではどうしろと?」

「まだまだ平明京は健在です! 明智殿のような、まるで死にに行くようなことをなさる必要はございません!」

「いくら時間を稼いでも後詰は来ないわ。私達だけで勝たなければならない。それにはアリスカンダルを討つくらいしかないと思うけど?」


 籠城というのは結局時間稼ぎでしかない。敵に十分な戦力が揃っているのならば敗北は時間の問題である。それを覆す唯一の手段は、敵の頭を刈り取ることだ。こちらから攻め込まなければ勝利は訪れない。


「そ、それは……」

「敵が守りを固める前に、明智の策に賭けて打って出るわ。皆の者、支度を整えなさい!」

「曉様、民を救うべく動いている武士共はいかがしましょうか?」

「最後の決戦なのよ。民は捨て置きなさい」

「はっ」


 長期戦をするのなら民を保護する必要があるが、この一戦に賭けるのならばその必要もない。曉は天守を守る部隊以外全ての部隊を集結させた。


「では行きましょう。狙うはアリスカンダルの首、ただ一つ! 突っ込め!」

「「「おう!!!」」」


 かくして大八州軍はアリスカンダルの本陣を目指し、一斉に出撃した。


 ○


「殿下! 一大事です! 敵が、敵が打って出て来ました!!」

「馬鹿なっ! この兵力差で出てくるなど――」

「ほ、本当です! ほら、すぐそこに!」

「ヤケクソになった、というところかしらね」


 出撃した大八州兵は鬼神の如くヴェステンラント兵を薙ぎ倒し、烈風のように一直線に突撃する。空では数百の魔女が地上に攻撃を行い、守りを固めていた兵士達の隊列は乱されていた。狭い街路では兵力の差は意味をなさず、武士達が一方的に戦線を押し込んでいる。


「で、殿下、ご命令を!」

「とっとと全軍を押し出しなさい! こちらは数に勝っているのよ! 一時の勢いなんかで勝てる訳がないわ!」

「はっ!」


 物量に訴える何の捻りもない作戦であるが、それでよい。せっかくの物量だ。使わない手はない。


「ガラティア兵には長槍を捨てさせなさい! あんなもの、ここでは何の役にも立たないわ」

「は、はっ!」


 この混戦ではファランクスなど全く無用の長物だ。ドロシアは彼らの長槍を捨てさせ、剣のみで前線に投入した。


「敵の勢い凄まじく、押さえきれません!」

「我が方、押されております!」

「クソッ……。何て奴らだ」


 いくら殺そうと大八州軍の勢いが衰えることは全くなく、ただひたすらに前進を続けている。その狂気的な行動に連合軍は恐れ慄き、逃げ出す者も多くあった。と、その時であった。


「殿下、敵にレギオー級の魔女が紛れている模様です!」

「何? まさか曉が自ら出て来たって?」

「そ、そのようです!」


 どうやら敵には面倒なのが紛れているらしい。戦線が押し込まれているのも納得だ。


「ならばこちらもレギオー級を投じるだけよ。シャルロットを呼びなさい」

「呼ばれなくてもいるわよ?」


 不死身の青の魔女、シャルロット。ヴェステンラント大八州方面軍にとっての最高戦力である。ドロシアは黄の魔女だが自分が直接戦うのにはあまり向いていない。


「いたのね。やって欲しいのは簡単なことよ。敵にレギオー級の魔女が存在する。そいつを殺して来て」

「やっと敵を殺せるのね。ふふ、嬉しいわ」


 シャルロットは曉を殺すべく、黒い羽を広げて飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る