止めの攻撃

「曉様、敵の狙いは分かりました。平明京を焼き払い、武士をその対処に動かさざるを得ない状況を作った上で攻め込む魂胆かと」

「無辜の民を狙うとはね。アリスカンダルも白い猿の仲間なのかしら」


 殺し合いに大した罪悪感を持たないこの世界の人々ではあるが、民間人を意図的に殺すことが悪だというくらいの良識はある。それを皇帝が自ら破るとは、明智日向守でも予想出来なかった。


「ともかく、捨て置くことは出来ません。民を救わねばなりません」

「そうね。さもなくば後ろから刺し殺されるだけよ。まったく、汚い真似を……」

「それだけ彼らにも余裕がないのでしょう」

「よく捉えればね」


 非常手段に訴えざるを得ないほどに敵が苦戦しているということであるが、曉が追い詰められているのも確かである。


「申し上げます! 敵勢、動き出しました!」

「チッ。やはり来るか。明智日向守、やれる?」

「はい。必ずや守り抜いて見せましょう」


 連合軍は明智日向守の予想通り動き始めた。かくして再び決戦が始まる。


 〇


「さあ、有色人種共、今度こそは根絶やしにしてやるわ」


 ドロシアは主隊を率いて第二の城門を突破。第三の城門へと、荒れた城下町を進軍する。だが前回と同じことをしては負けるだけだ。彼女には当然考えがある。


「魔女隊、家々を焼き払え! 隠れる敵を炙り出せ!」

「はっ!」


 火の魔女たちが進路の左右に繰り出し、次々と家を焼き払っていく。たちまち市街地は火に包まれ、じっとしていた人々が家から飛び出して来た。


「これで奴らも迂闊には手を出せない。民を殺せはしない筈よ」


 多くの民が溢れ、連合軍の左右に言わば人の壁を作っている。これを戦に巻き込み殺すようなことがあれば、曉は平明京の人々の支持を失い戦を続けられなくなるだろう。


 しかしこれは副次的な効果でしかない。


「殿下! 敵を見つけました! 我らから逃げています!」

「出てきたわね。まあ追わなくていいわ」


 炎で隠れ場所を焼かれた大八洲兵が見つかる前に隠れ場所を引き払った。先日食らった後方からの奇襲を無力化することに成功したのであった。


「さあ、全て焼き払え! 敵を匿う者に容赦は要らないわ!」


 大火が町を襲った。大八洲の武士は近づくことが出来ず、ドロシアは自分達の周囲以外の火を消そうともせず、火は木造の家屋にたちまち燃え移っていった。


 ○


「何と野蛮な……これが人のすることかっ!」


 明智日向守は怒りに身を任せ、町を蹂躙する白人達に叫んだ。


「あなたがそんなことを言うなんて、珍しいじゃない」

「これは、失礼を申し上げました。しかし奴らの行いは余りにも……」

「それはそうだけど、今考えるべきはあいつらをどうやって殺すかよ」

「はい、その通りにございましょう」

「どうするの? 背後から奇襲する策はもう取れないわよ?」

「申し訳ございません。策はまだ思い付きませぬ」

「早くしなさい」


 これでもかと作戦を潰されている明智日向守だ。作戦を用意せよと言われてすぐに実行出来るほど人間離れはしていない。


「申し上げます! 敵勢、四番門に再び迫っております!」

「クッ」

「どうする? もう迷っている時間はないわ」

「ここで戦っても無為に戦力を減らすだけにございます。適当に敵を足止めしつつ、二の丸にまで下がるべきかと」


 真正面からぶつかれば兵力差で押し負けるのは必定。何らかの策を講じて大八州側に有利な状況を作り出せなければ、戦う訳にはいかない。


「三の丸まで奴らに明け渡してやると?」

「はい。内側に引き込めば引き込むほど、我らの地の利が大きくなります。肉を切らせて骨を断つのです」

「分かった。そうしましょう。三の丸で守りを固めるわ」


 平明京の縦深は長大である。まだまだ一般的な城の倍以上の防衛線が残っているのだ。


 ○


「今度こそ武士共は来ないようね」

「そのようです。やはり奇策に頼らなければ、奴らは戦えないようですね」

「まあ、兵力差を考えればおかしいことではないけれど」


 第三の城門を軽々と突破したドロシアは、更に広大な市街地に突入していた。武家屋敷などが立ち並ぶ、先程とはまた違った趣のある区画である。


「また家々を焼き払いますか?」

「そうねえ……まあ、とりあえずはやらなくていいわ」

「そうなのですか? 敵が周囲に潜んでいるかもしれないですが」

「敵は私達がいざとなったら平明京を焼き払うことを知った。だから同じ手は使って来ない筈よ。戦った限りでは敵の指揮官はそれなりに有能なようだから」

「はあ」


 仮に大八州軍が奇襲を仕掛けて来たとしても、その時は再び街を焼くだけである。敵はその無意味さを理解出来る程度の能力は持っていると、ドロシアは確信していた。事実、四つ目の城門に迫っても敵が出てくることはなかった。


「つ、ついに辿り着いてしまいましたね。敵がロクな抵抗をしてこないのが不気味ですが……」

「それもそうね。余りにもすんなりと行き過ぎている。ここで守りを固めて暫く用薄を見ましょう」

「はっ」


 また大八州軍がロクでもない作戦を考えていることを警戒し、ドロシアはまず安全地帯を確保することにした。

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