水の都とはかくあるべし

 西門を突破して平明京に侵入したガラティア軍は、田畑が立ち並ぶ平地を抜け、もう一つ内側の門に到達していた。


 アリスカンダルとイブラーヒーム内務卿は城の外から複数の部隊の指揮を執っている。


「どうやら、先鋒が第二の門に到達したようです。しかし……敵の攻撃は一切ありません。これは一体……」

「我が軍は今、数本の細い橋しかかかっていない島に閉じ込められている。であれば、敵の狙いはこの狭い空間に我々を誘い込んで包囲し、殲滅することだろう」

「ほ、本当ですか!?」

「私に聞かれても知らんよ。とは言え、その公算は高い」

「そ、それは……。し、しかし、どうされましょうか」


 ファランクスは奇襲や接近戦に弱く、そんなことをそれたら立ち所に壊滅するのは間違いない。イブラーヒーム内務卿はどうしてアリスカンダルが平気そうな顔をしているのか理解出来なかった。


「案ずるな。敵とて橋から攻め寄せてくることしか出来ない。橋を監視させておけば、我が軍が奇襲を食らうことはないだろう」

「さ、流石は陛下です。それでは魔女隊を監視に向かわせましょうか?」

「それでよい。前線はジハードに任せよう」


 白布を頭に巻いた無骨な魔女ジハード。つい先月までは武田家の下にいたが、ガラティアと大八洲が交戦状態に入ったことを受け、アリスカンダルの下に戻ってきていた。戦闘の切り札である彼女達魔女隊であるが、今回は複雑に入り組んだ戦場の偵察、警戒が任務である。


「敵の魔女が出てくれば戦闘はなるべく控え、速やかに撤収するように」

「はっ。そのように」


 ガラティア軍、大八洲軍共に、近頃は替えのきかないコホルス級の魔女を温存しがちである。ともかく、ジハード率いる魔女隊は最前線へと飛んだ。


 〇


「各員散開し、敵の動きを警戒せよ。僅かでも異変があればすぐに私に報告し、戦闘の危険があればすぐに後退するように。くれぐれも勝手に戦うな」

「「はっ!」」


 ジハード率いる千五百程度の魔女隊は、各地上部隊の進路を偵察し、敵の奇襲に最大の警戒を払う。


「我が軍に対する攻撃が全くない。そんなことが有り得るのか?」


 ジハードはポツリと呟く。上空から偵察した限りでは敵は第二の城門の内側に部隊を配置しているようだが、城壁からガラティア軍への攻撃が全くない。


「矢の無駄になることを悟ったか……しかしそんな潔いとは考えにくい」


 確かに矢をいくら放とうとほとんど無意味なのは事実だが、とは言えそれだけでせっかくの城壁を置物にするとは考えにくい。


「敵は何を考えている…………クソッ、分からん!」


 ジハードは考えることを放棄した。が、次の瞬間であった。


『ジハード様! 聞こえますか!?』

「聞こえている。何だ?」

『敵です! 敵が来ました!!』

「落ち着け。どの門だ?」

『も、門ではありません! 奴らは船に乗っています!!』

「船、だと? すぐに場所を教えよ!」


 それは想定外だった。大八洲兵は張り巡らされた水堀の上に船を浮かべ、橋など関係なく、水堀に浮かぶ島々に次々と上陸を始めたのだ。


 〇


『――陛下、大八洲は船で来ました! 奴らは次々と島に乗り移っております』


 ジハードは直ちに状況をアリスカンダルに伝えた。


「分かった。敵の情報は直接こちらに回させよ。私が指揮を執る」

『はっ!』


 全く警戒していなかった部隊と部隊の隙間に武士が次々と上陸する。彼らは数十の小部隊に分かれ、ガラティア軍を混乱させようとしているようだ。


「へ、陛下、どうすれば……」

「狼狽えるな。我が軍は分断されているが、それは敵も同じ。それに敵は少数だ。後退して体勢を立て直せばどうとでもなる」

「はっ!」

「では、早速動こうか」


 アリスカンダルは平明京の地図に敵の配置を書き込むと、直ちに後退の指揮を開始した。第一の城門を中心に半円形の陣形を整え、大八洲兵を迎え撃とうという策である。


 が、アリスカンダルの命令は実行されなかった。


「ん? どうして兵は動かない?」

「わ、分かりません。兵らに命令は伝わっている筈なのですが……」


 と、その時、アリスカンダルに直通で通信が入った。ジハードからである。


「前線では何が起こっている?」

『陛下、申し上げます。我が軍の足元がまるで泥沼のようにぬかるんでおります。恐らく地面の下から水を流し込んだものかと』

「なるほど。そういうことか」


 大八洲側は水が豊富に存在することを利用し、ファランクスの足元に意図的に液状化を起こしたのである。これでファランクスは自由に身動きすることが出来なくなった。


「な、何と、そんなことが……」

「ああ、してやられたよ。我が軍は奴らにされるがままに殺されるだろうな」

「ど、どうされるのですか……?」

「槍は役には立たんだろう。刀に持ち替え応戦させよ。それくらいしか、私に出来ることはない」

「はっ、直ちに!」


 兵士を混戦に備えさせることくらいしか、アリスカンダルに出来ることはなかった。


「しかし、魔法があっても簡単に出来ることではない。事前に相当な用意がしてあったのだろう。まったく、ここまで手の込んだ城は見たことがない」


 アリスカンダルの長大な遠征でもここまで徹底的に敵を撃退する仕掛けがなされた城は見たことがなかった。

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