平明京攻めⅡ

 ドロシアの嫌な予感は即座に実現することになる。


「構え!!」

「何だっ!?」


 大きな号令が鳴り響くと同時に、ドロシア達を囲う城壁の上に無数の武士が現れ、その矢の先を彼女らに向けた。


「放てーー!!!」

「防御! 急げ!」


 狭い升型の空間に閉じ込められたヴェステンラント軍に容赦なく矢が浴びせられる。兵士も魔女もたちまち倒れ、僅かに運良く生き残った者は魔法で作った防壁の内側で必死に攻撃に耐える。


「反撃しろ!」

「む、無理です! 敵の攻撃は激しく、頭を出したら死にます!」

「クソッ! やってくれるわね……」


 大八洲の城門の中でも最高の防御力を誇る升型虎口。その威力を身をもって体感する羽目になったドロシアであった。城門を簡単に打ち破れたのは、この殺人地帯に彼女を引き込む為だったのだ。


「撤退! こんなのやってられないわ」

「は、はいっ!」


 魔女の作り出す壁に守られながら、魔導兵達は命からがら城外に脱出することに成功したのであった。


「城門から攻め込むのは無理、か。ちょっと焦り過ぎたわね」

「焦り、ですか?」


 ドロシアから出た思わぬ言葉に、オリヴィアは真意を問う。


「ええ。ガラティアに手柄を取られたくはないからね。とっとと攻め落とそうとはしたけど、そこまで舐めていい相手ではなかったわ」

「なるほど……ではここからは慎重に攻め込むのですか?」

「そうね。持久戦に持ち込むわ」


 塹壕を城壁に向かって掘り、少しずつ距離を詰めていく。強固な城に攻め入る時の典型的な作戦である。


「――ですが、城壁は水堀に囲まれています。近寄ったところで結局は橋から攻め寄せることになるのではありませんか?」

「それくらい考えてるわよ。ま、見てなさい」

「はぁ……」


 ドロシアには水堀を正面から突破する策がある。しかし味方にすらそれは秘密のようだ。


 〇


 同じ頃。ガラティア軍は平明京の西門より総攻撃を仕掛けていた。


「やはり敵は寡兵か。恐れることはない。進軍せよ」


 ガラティア軍の長い槍を持つ重装歩兵隊、ファランクスは、針山のような槍で飛来する矢を尽く叩き落としつつ、城門へと一歩一歩接近していた。


「今や武士の弓矢など恐るるに足りませんね、陛下」


 イブラーヒーム内務卿は少々興奮気味に言った。敵の射撃の一切を無効化するこの有様には興奮するのも無理はない。


「そうだな。確かに遠距離では我が方に分がある。だが武士の恐ろしさは至近距離でこそ発揮されるものだ」

「はっ。肝に銘じておきます」


 幼少の頃より訓練を積んだ武士の剣術は十分に恐ろしい。まだまだ前哨戦に過ぎないのだ。ガラティア軍本隊はやがて城門へと繋がる橋に到達した。


「城門を突破せよ」

「はっ!」


 ヴェステンラント軍と同様、伝統的な破城槌を持った工兵帯がファランクスの援護を受けながら前進し、城門を打ち破った。


「うむ。突入せよ。敵の反撃に気を付けつつな」


 ガラティア兵は先の戦いで城内から飛び出してくる武士に痛い目に合わされている。先鋒の部隊はそれを警戒して刀を構えながら城内に突入した。


 しかし彼らはその先に、彼らを殺す為だけの空間を発見するのであった。


「陛下、兵の動きが鈍っているようですが……」

「そのようだ。どうしたのか」

「申し上げます! いずれの城門も、内側にまた城門があるようです!」

「そうか……ああ、奴らの企みが分かった」


 アリスカンダルは一人手鼓を打った。


「へ、陛下?」

「大八洲は我が兵を城門と城門の間に誘い込み、上から矢を打ち込んで殲滅する気だ」

「そ、それは、大変ではありませんか!!」

「いいや、案ずることはない。すぐにファランクスを突入させ、城壁の上の敵を制圧せよ」

「そうか、流石は陛下です」


 ファランクスは大八洲の罠に堂々と突入した。武士は当然、それを殲滅しようと矢を矢を撃ち込もうとする。だが先に彼らの体を貫いたのは、ファランクスの長槍であった。


 長槍は城壁の上の敵をも刺し殺せるほど長く、先手を打ってのこのこと出てきた敵を殲滅したのである。


「いずれの城門でも、我が軍は敵を片っ端から貫いております! 我らの勝利です!」


 ガラティア軍は大八洲の戦法を完全に無力化することに成功した。まもなく内側の城門も突破し、本当に平明京に侵入することに成功したのである。大八洲側からこれ以上の反撃はなかった。


「まだだ。これはほんの、前哨戦に過ぎん。奴らはまだまだ城壁を残している」


 まるで湖に浮かんだ小さな島々のような姿をした平明京。その島の一つ一つに進む為に、今のような戦いを繰り広げなくてはならない。


 外周部の田地を異国の兵士が行進する。


 〇


「曉様、申し上げます! 西門が破られました!」

「ガラティアか……。やってくれるじゃない」


 ヴェステンラント軍の稚拙な攻撃は難なく撃退したが、ガラティア軍の個性的な戦法にはあえなく平明京への侵入を許してしまった。


「どうするの、明智日向守? 敵の長槍は私達の城壁の上まで届くらしいけど?」

「ご安心くだされ。平明京はたがが城門一つが破られた程度が策が尽きるような軟弱な城ではありません」

「そう。なら任せるわ。何とかしなさい」

「お任せあれ」


 明智日向守にはまだまだ策があった。まあそれは上杉家の先代が用意したものなのだが。

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