焦る両軍

 ACU2314 2/21 平明京


 ガラティア軍は第二の城壁に到達する前に大八洲軍の反撃に遭い、あえなく最外殻の城壁まで撤退した。一方、ヴェステンラント軍は慎重策に切り替え、まだ最外殻すら突破出来ていない。


「チッ。全然進まないじゃない」


 自ら指示した塹壕戦とは言え、一向に前線が前進しないことに苛立つドロシア。大八洲側からの反撃が激しく、塹壕を掘り進めることする困難を極めているのだ。


「し、仕方ありませんよ。大八洲の武士はこういう戦いにも慣れているようですし……」


 オリヴィアはおずおずと。確かにこんな大層な城を建てられるのだから、大八洲兵が野戦だけではなく籠城や攻城にも秀でていることは、考えるまでもないことであった。


「少なくとも水堀にまで到達しないと、私の策も使えないわね」

「そ、そうなんですか」

「ええ。こんなんじゃガラティアに勝てる気がしないわ」

「ま、まあ、ガラティア軍も足止めを食らっているようですし……」

「まったく、敵が奮戦するのに期待するなんて、馬鹿げてるわ」


 ドロシアは自嘲気味に言った。ガラティアに対して大八洲が奮戦してくれることに期待しているのは、全く馬鹿らしい。が、その時、オリヴィアは何かに気づいたようにハッと声を出した。


「そ、そうですよ。どうしてガラティアと競い合っているんですか? 協力して戦えばいいじゃないですか」

「協力? 有色人種なんかと手を組めって言うの?」


 ドロシアは強い不快感を隠そうともせず示した。


「べ、別に、これまでだって曉と組んできたじゃないですか。同じことです。ガラティアと一時的に同盟を結び、機会を見て裏切ればいいんです」

「はは、いいこと言うじゃない。それもそうね。奴らを利用するだけ利用して、最後に叩き潰せばいいのよ」

「は、はい」


 ガラティアとヴェステンラントは、少なくとも今は協力すべきだ。ドロシアをそう思わせることに成功したオリヴィアであった。


「とは言え、国と国で同盟を結ぶのは、ルーズベルトの言う通り面倒が多い。ここは私とアリスカンダルで一時的に手を結ぶとしましょう」

「はい。それがいいと思います」


 現地部隊同士の一時の共闘。今結んでいる不戦条約の延長である。


「そうと決まれば早速動きましょう。私がガラティアと話を付けるわ」

「ドロシアも随分と自分で動くようになりましたね……」

「そう? ……まあ、そうかもね」


 大八洲との熾烈な戦いでドロシアが黄の魔女として自ら戦わざるを得ない場面も多かった。それ故に大公が自ら動き回ることへの抵抗は薄れてきている。まああまり好ましいことではないが。


 かくしてドロシアはアリスカンダルの許に急行した。


 〇


「――陛下、直接相見えることが叶い、恐縮です」


 ドロシアは伊達陸奥守のような下手くそな敬語でアリスカンダルに挨拶をする。


「何、そう気構えることはない。くつろいでくれたまえ」

「はい。ありがとうございます」

「で、我々と手を組みたいのだな? どうして急に気が変わった?」

「互いに争い、どちらも平明京を落とすことが出来なければ、この戦には全く意味がありません。本当なら私達だけが勝ち残りたいところですがそれは厳しく、平明京を落とせないくらいなら陛下と手柄を山分けする方がよいと踏みました」


 地球的な言い方をすれば囚人のジレンマとかゲーム理論とか、そういうものである。ガラティアとヴェステンラントが平明京を独占しようとすれば、どちらもそれを得ることが出来ない。であれば協力して平明京を落とし利益を分配した方が合理的だ。


「なるほど。貴殿の主張は分かった。しかし我が軍が単独で平明京を落とし切ることが出来るとは思わなかったのか? そうであるのならば、我々が協力する必要も意味もない」

「恐れながら、ガラティア軍もまた相当に苦戦していると見受けられます。まだ城門一つしか落とせていないこの状況で、本当に本丸まで落とせると?」

「言うじゃないか。まあ、君の素直な態度に免じて今回は認めよう。我が軍は確かに苦戦している」

「へ、陛下!?」

「いいのだ。彼女の言うことは正しい。我々は協力するべきだ」


 アリスカンダルは世界の果てを支配したいという欲望を除けば合理的な男である。面子などというものにはあまり関心がないのである。


「おお、それでは」

「ああ。共に戦おう。少なくともこの戦いではな」

「はっ。ありがとうございます」

「うむ。我が軍はファランクスは精強にして城壁を打ち破ることも出来るが、武士との接近戦には脆弱だ。その点、君達は比較的接近戦が得意だろう」


 ヴェステンラント軍は長槍など装備しておらず、その主兵装は剣である。確かにガラティア軍よりは接近戦に分があるだろう。


「だが、奴らは船で平明京を自由に移動出来る。これは厄介だ。早速だが、何か作戦はあるかな?」

「船を無力化する方法ですか」

「何でも構わん。我々は盟友なのだ」

「であれば、我が軍に策がありますよ。とっておきの作戦が」

「ほう」


 ドロシアとアリスカンダルは不敵に微笑みあった。戦いに身を投じる者同士、通じ合うものがあるらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る