絡まり合う敵味方

 ACU2314 1/18 越後國 鉢ヶ山城


 鉢ヶ山城を落とす準備が着々と進んでいることも知らず、黄公ドロシアは鉢ヶ山城にあって、今後の戦略を考えていた。


「曉が天子を失い征夷大將軍も失った、ねえ……」


 事態は大きく動いている。曉が保持していた大八州全土を支配する正統性がどちらも失われた。これは曉が内地に返り咲いて大八州の主となる可能性が消え去ったことを意味する。つまり、ヴェステンラントが曉とわざわざ同盟を結ぶ意味は最早ないのである。


「まさかドロシア、上杉を見捨てようと言うのですか?」


 気弱な青公オリヴィアは静かに尋ねた。


「そうねえ。そうしようかしら」

「ほ、本気ですか? そう簡単に味方を見捨てなんてしたら、ヴェステンラントの評判が悪くなりますよ……?」

「別に、曉なんて最初からただの裏切り者、反逆者よ。そんな奴くらい裏切ったって問題ないでしょう」


 確かに具体的に同盟を結んだ訳でもないし、相手は国家としての正統性を完全に失った抜け殻だ。裏切ったとて問題はない、かもしれない。


「そ、そうかもしれませんが……うーん……」

「わざわざ泥船に乗り続けることはないんじゃない?」

「それは……」


 今や滅亡寸前の曉にわざわざ味方したところでヴェステンラントが得られるものはない。それについてはオリヴィアも同意するところである。


「で、ですが、私達は今上杉家の城の中にいるんですよ? ここはどうするんですか?」

「どうするって、上杉の兵士を皆ぶち殺せばいいんじゃない?」

「大八州を利することになりますよ?」


 鉢ヶ山城はただそこにあるだけで大八州に大きな負担を強いている。これが失われるのは、大八州を利することに他ならない。


「ああ、確かにそうね。じゃあ私達でこの城を乗っ取りましょう。そして曉のいる平明京に攻め込むわ」

「早っ。いやそうじゃなくて……やる気、ですか?」

「そうね。まあ迷っていても仕方ないし、とっととやっちゃいましょうか」

「将軍達の意見も聞かずに、いいんですか?」

「意見なんて聞いたところで大して変わらないわ。この城は私達が乗っ取る。まあわざわざ兵士を殺す必要はないわね。あなたもそれでいい?」

「……はい。やりましょう」


 オリヴィアは腹を括った。ヴェステンラント軍はついに曉を見限ることに決めたのである。


 ○


 ACU2314 1/20 中國 平明京 金陵城


「は……? ヴェステンラント軍が鉢ヶ山城を占拠した?」

「はい、曉様。ヴェステンラント軍は我らを裏切ったようにございます」


 その原因の一端になっている明智日向守はしれっとした顔で応えた。皇御孫命の件で特に処罰は受けていない。


「ほ、本当に? こんないきなり私達を裏切ったって?」


 曉は顔を青ざめさせて動揺していた。ヴェステンラントという強大な勢力が敵に回れば、曉は完全に敵に囲まれ四面楚歌である。


「――はい。我々に味方はいなくなってしまいました」

「ど、どうするのよ。もう滅びるしかなって!?」

「落ち着いて下され。幸いにして、内地の者共の策により、ガラティア軍は攻めては来ません。我らは平明京の周囲で守りを固め、大八州から独立して生き延びる他ありますまい」

「独立?」

「はい。この地で大八州とは別に国を建て、捲土重来の時を待ち続けましょう。私はその時には死んでいるかもしれませぬが」

「そう……。そうね。もう大八州を支配することも、大八州に降ることも出来ない」


 曉は今や完全に大八州から拒絶された。残された道は大八州から独立するか大八州に滅ぼされるかの二択だけである。


「平明京の周辺に支城を築き、戦に備えましょう。やもすれば、それだけで大八州は我らに攻め込むのを諦めるかもしれません」

「そうとは思えないけど、いいわ。これからは守りに徹する。とは言え、西以外の全部の方角から敵が攻めて来るけど」


 北からは武田、東からは大八州本隊、南からはヴェステンラントが攻めて来る。状況は絶望的だ。


「平明京を城で囲み、巨大な総構を造れば、耐えられないことはありません。それにヴェステンラントと大八州が同時に攻め込んで来ることはあり得ません。十分に勝てる戦です。しかしこの都だけは守り抜かなければ」

「わ、分かった。そうしましょう」


 城という点で守るのではなく、城を連ねて線で守る。明智日向守の戦略眼が発揮された作戦である。が、彼でも予想しなかったことが起こるのである。


 ○


 ACU2314 1/29 大八州皇國 巴城


「諸君! これより我らは平明京へと向かう! 目指すは世界の果て、目指すは海である! 進め!!」


 シャーハン・シャー、アリスカンダルはこの日、大八州皇國に宣戦を布告。曉方か伊達方かも構わず大八州の全てを敵に回したのである。実際に敵となるのは目の前の曉であるが。


 ○


「ガラティアが攻めて来る……?」

「はい。アリスカンダルは大義名分など投げ捨ててでも中國が欲しいと見受けられます。最早、和議を結ぶ余地はないかと」

「ははっ。何とかしなさい、明智日向守」

「――はっ。何としてでも平明京を守り抜いて見せましょう」


 これでついに四方が敵になった訳だ。

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