鉢ヶ山城攻め

 ACU2314 1/30 越後國 鉢ヶ山城


「――そう。アリスカンダルが大八州に宣戦布告ねえ」


 アリスカンダルは諸外国に対し大八州に攻め込むことを堂々と宣言した。これは当然、大八州にとってもヴェステンラントにとっても重大な状況の変化である。


「ドロシア、どうするんですか?」

「そうねえ。ガラティアが完全に大八州の敵になったのなら、ガラティアと同盟を結ぶ、或いは少なくともこの戦争の間だけでも協力するのは悪くないわ。ていうか、それが私達にとって一番でしょうね」


 ヴェステンラントとガラティアはかねてより互いの勢力圏を尊重する半同盟状態とはなっていたが、これを機により強固な同盟を結んで大八州に対抗するのも悪くない。


「しかし、アリスカンダルは何を考えているのでしょうか? いきなり大八州を敵に回すなんて……」

「あの男は妄想に取り付かれているのよ」

「妄想?」

「ええ。彼の二色の瞳と同じ色の瞳を持った古代の英雄がいるわ。しかも名前は彼と同じアリスカンダル。まあその瞳に因んで名づけられたんでしょうけど」

「そ、それが……?」

「奴はその英雄アリスカンダルになろうとしているのよ。英雄が成し遂げられなかった世界の果てに到達するという夢を叶えること。それがあの男の頭の中なのよ」


 古代の英雄と同じ名前、同じ瞳を持つのであれば、それに自分を投影してしまうのも無理はない。アリスカンダルというのはそういう哀れな男なのだ。


「で、ですが……そんな個人的な事情だけで戦争なんて起こすのでしょうか……?」

「人間なんてそんな者よ。私達だって自分達の権力惜しさにゲルマニアに戦争を仕掛けてるじゃない」

「ま、まあ、確かに」


 そう言われるとぐうの音も出ないオリヴィアであった。


「さて。大八州の内地に攻め込むのは無理だとしても、中國を一気に削り取るのは悪くない。ガラティアと話を付けたいわね」

「使者でも送りますか?」

「ええ、そうね。そっちはよろしく」

「あ、はい」


 ガラティアと利害が一致したヴェステンラントはガラティアとの同盟を模索し始めた。が、その日のことであった。


「ドロシア、大変です! ゲルマニアの船がここに迫って来ています!」

「ゲルマニアの船? 何よそれ?」

「クロエやノエルが交戦している、例の戦艦です!」

「戦艦? 馬鹿なっ……ゲルマニアが制海権を危険に晒してまでそんなことを……?」


 ゲルマニア戦線の様子についてはドロシアもしっかり把握している。ゲルマニアの制海権が戦艦アトミラール・ヒッパーに依存したものであることも当然知っているのだ。だからこそ、そのアトミラール・ヒッパーがこんなところまで派遣されていることが信じられないのである。


「ゲルマニア方面はどうなってるの?」

「そ、それが、戦艦がもう一隻確認されたとのことです」

「もう一隻……そういうことか。建造が予想以上に早いわね」


 いずれゲルマニアが複数の戦艦を擁するであることは予想されていたが、ヴェステンラント軍の予想より遥かに早く二番艦が投入されてしまった。


「ど、ドロシア、どうしますか? 戦艦に対抗出来る兵器は私達には……」

「そうね。しかもこの鉢ヶ山城は海に面した城。戦艦の襲撃などうければひとたまりもない」

「で、ですよね……」

「クッ。戦ったらどうやっても負ける。だったら、大八州側と交渉するしかないわね」

「こ、交渉ですか?」

「ええ、そうよ。そもそも私達はここに立て籠もっている理由がない。こんな城、捨てたところで私達の懐は痛まないけど、大八州の連中にとっては相当ありがたい筈。そこに交渉の余地がある」


 大八州側に利益のある交渉だ。これなら受け入れてもらえる可能性が高いだろう。


「よし、決めた。大八州と話を付けるわよ。準備をしなさい」


 かくして大八州とヴェステンラントは初めてマトモに話し合いの席に着くのであった。


 ○


 翌日。ドロシアと青の魔女シャルロットは鉢ヶ山城を出て大八州側の用意した砦に向かった。大八州がもしも謀略でドロシアを殺そうとしても返り討ちに出来るだろう。アトミラール・ヒッパーが既に海岸近くに停泊している中、二人は大八州の武士の出迎えを受けながら砦に入った。


 交渉の席に座っていたのは向こうも二名。片方は隻眼の武将であり、片方はこの場には場違いな黒い軍服を着た青年であった。ドロシアは言われずともそれが誰なのかはすぐに分かった。


「伊達陸奥守、内地大名の筆頭がわざわざご足労とはね」

「家臣などを間に挟むより、こうして頭同士が直に話した方が早くてよかろう」

「ええ、確かに。それとそこにいるのはゲルマニアのシグルズかしら」

「はい。お初にお目にかかります。シグルズ・フォン・ハーケンブルクです」

「へえ。大公相手にも全く無礼な奴だって聞いていたけど、少しは礼儀も知っているようね」

「戦場で礼儀なんて気にしていられませんから」


 ――あなたに礼儀がどうこうとは言われたくないんだけど。


 ドロシアもドロシアで、脚を組んで座りながら悪態をついている。静かに座っているシグルズの方がよほど文明的だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る