鉢ヶ山城をいかにする
晴政の話に付き合わされたシグルズは解放されて屋敷に戻ってきた。だがそれも束の間、リッベントロップ外務大臣と晴政の会談に同席させられることになってしまった。
「リッベントロップ殿、鉢ヶ山城のことは知っていますな?」
「はい。上杉家臣の新発田がヴェステンラント軍の援軍と共に今なお立て籠もっているとか」
「左様。難攻不落のあの城には未だに新発田が立てこもり、更にはヴェステンラント軍が入城しております。内地における唯一の厄介の種が鉢ヶ山城です」
十余りの山々を取り囲んだ巨城であり、百万の軍勢をも退けると評される防御力を持ち、大量の兵糧を蓄えているのに加えて城内の田畑で食糧を生産することが出来、また城に付属する港から兵糧や武器弾薬を搬入することで長期戦にも怯まない、まさに難攻不落の城である。
流石の晴政でもこの城を力で攻め落とそうとはせず、周囲に城や砦を築いて封じ込めることに専念しているのだ。
「奴らが打って出て来たところで、我らの砦を落とすことも出来ぬでしょう。とは言え、内地にあのようなものが残っているのは甚だ不愉快。されども今の我らでは、あの城を落とすのは無理と言わざるを得ません」
「なるほど。それで、我が国は何をすれば?」
「ゲルマニアにはこの城を落とすのを手伝ってもらいたいのです。とは言え、何万もの兵をここに送れなどとは申せません。そこで、貴殿らの戦艦アトミラール・ヒッパーを暫く貸して欲しい」
「なるほど……。海に面しているのを逆手に取るということですか」
鉢ヶ山城に海上から砲撃を行い攻略の足掛かりとする。戦艦の火力ならば確かに、大八洲式の城ごとき簡単に吹き飛ばせるだろう。
「どうでしょうか? 戦艦あらば、力攻めをすることになりましょう。長くは借りません」
「流石に私だけで判断することは出来ません。アトミラール・ヒッパーは我が国唯一の戦艦。それを貸し出すとなると、その間は我が国の海防が手薄になってしまいます」
「無論、その事情は承知しています。これを大八洲諸大名の総意として、貴国の総統にお伝え頂きたい」
「はい。戦艦を動かしてよいかは、我が総統のご決断によります。私からは何とも言いかねますので、どうかご容赦を」
「分かっております」
リッベントロップ外務大臣は早速本国に伺いを立てた。
〇
「アトミラール・ヒッパーを貸して欲しい、か。大八洲もなかなか大胆な要求を突き付けてくるものだな」
その報せはすぐにヒンケル総統に届けられ、総統はこの問題を最優先で片付けることにした。
「シュトライヒャー提督、実際のところどうだ? アトミラール・ヒッパーを戦線から離脱させてよいものか?」
「大洋艦隊としては、実際のところ否定的にならざるを得ません。アトミラール・ヒッパーがなければ、未だに我が海軍はヴェステンラント海軍に対し劣勢です。ブリタンニア島への補給路が絶たれることは、陸軍としても最悪の事態なのでは?」
「確かに、その通りですな。海上補給路が途切れれば、ブリタンニア島は放棄せざるを得ません」
参謀本部一の老兵、カイテル参謀総長は率直に言う。ゲルマニア軍は未だに制海権をアトミラール・ヒッパー頼りにしているのだ。はっきり言って不健全な状態である。
「そうか……しかし大八洲に恩は売っておきたいし、大八洲が安定するのは我が国にとっても大きな利益だ。何とかならんか?」
「それでしたら、建造中の二番艦ブリュッヒャーを使えなくもありません。但し完成しているのは70パーセントほどで、最低限海を航れるのと、武器は主砲しかありませんが」
ブリュッヒャーは未完成であるが、無理やり戦わせることも不可能ではない。アトミラール・ヒッパーのような白兵戦への備えなどはまるでなく、ヴェステンラント軍に奪取されるという最悪の事態が起こる危険性はあるが。
「万一の際に補給線を防衛する、くらいなら可能か?」
「ええ、まあ」
「ふむ……。ヴェステンラント軍が反撃に出てくる可能性はそう高くはない。やはりアトミラール・ヒッパーは暫く大八洲に貸したいな。よいか?」
「閣下がお命じになるのなら、それでよろしいかと」
「しかし閣下、我が軍の最大戦力を貸し出すからには、それなりの対価を受け取るべきではありませんかな? 一体何を大八洲に要求するおつもりですか?」
カイテル参謀総長は冷静に問う。何らかの条約で義務が生じていない限り、国家間のやり取りは全て取引なのだ。ゲルマニアにはそれ相応の対価を受け取る権利がある。
「対価、か。まあ色々と考えることはなくもないが……今回は、何も要求しない」
「……本当に、それでよろしいのですか?」
「ああ。大八洲との友好関係が得られるのなら、わざわざ対価を要求することはない。まあ、いざという時の貸しにも出来るしな」
ヒンケル総統は今回、無償でアトミラール・ヒッパーを派遣することにしたのであった。大八洲との関係強化を優先した形となる。
「それではシュトライヒャー提督、早速アトミラール・ヒッパーを送り出す用意を。それとリッベントロップ外務大臣に、この決定を伝えてくれ」
かくしてリッベントロップ外務大臣の問い合わせはその日のうちに返答が届いたのであった。
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