新体制運動Ⅱ

 氏とは朝廷から授けられる、名字の上位に位置する集団である。伊達、武田、上杉などの名字は藤原、源、平などの氏の下に属しているのだ。


 これらは現在においてはほぼ名目だけの存在と化しているが、実質的な意味を持つ新たな氏を創設し、それを根幹とする支配体制を確立しようというのがシグルズの提案である。


「俺に源平藤橘に並ぶ氏長者になれと言うか」

「まあ、そういうことです」

「ふはは、面白い。大八洲人でもないくせにそんなことを思い付くとは。噂通りの男よ」

「恐縮です」


 新たな氏はもう七百年くらい創設されたことがない。その発想自体が大八洲の武士の誰にもなかったのである。


「して、新たな氏とは何がよい? 何か考えくらいはあるだろう」

「そうですね……では、『豊臣』はどうでしょうか」


 シグルズは紙と墨と筆を魔法で作り出し、その文字を示した。


「豊臣か。いいではないか。では今日から俺は伊達陸奥守豊臣眞人晴政と名乗るとしよう」

「そ、そんなすぐ決めていいんですか?」

「冗談だ。流石の俺でもそこまではせん」

「あ、よかったです。それと、氏を中心とした体制を作るとなれば、天子様――朝廷の威光を重んじることが不可欠です」

「そうだな。どうすればよい?」


 氏は朝廷から授かるもの。朝廷に権威がなければ氏もまた意味を持たない。


「伊達様が関白になられればよいかと。朝廷を奉じ、朝廷の威光を以て天下を治められればよいのではないでしょうか」


 朝廷を武家の棟梁の更に上に存在するものとして奉じ、かつその権威で諸大名を統制する。まあ全て日本の歴史のパクリに過ぎないが。


「なるほど。これまた面白いことを言う。しかし、ちょうど天子様には五畿内などを献上するつもりであった。ちょうどよいかもしれん」

「それは初耳ですが……」

「おっと、口を滑らせてしまった。まあ気にするな」


 晴政はどうでもよさそうだが、その奥から源十郎が眼光で牽制してくる。聞かなかったことにする方が懸命だろう。


「つまるところ、大八洲古来の天子様中心の治を甦らせ、その権威を利用すると、そういうことだな」

「概ねそういうことです。僕も大八洲も内実の仔細などは知りませんので、あくまで策のひとつだと思ってもらえれば」

「うむ。とは言え、お前の言葉は実に理に適っている。感謝するぞ、シグルズ」

「はっ。それが我々の仕事ですから」


 理に適っているのは当然と言えば当然だろう。先人が考え抜いて出した結論を横取りして伝えているだけなのだから。


「それとシグルズ、もうひとつ聞きたい」

「はい、何でしょうか?」

「外地の処遇についてだ。我らは中國管領を廃したが、それは急場しのぎに過ぎぬ。これはお前だけに話すが、俺は正直言って外地をこのまま大八洲に繋ぎ止めるのは無理だと思っている。曉を滅ぼしたとて、再び国が割れるやもしれぬからな」


 唐土、そして邁生群嶋。大八洲本土より遥かに広いこれらの領地を維持するのは現実的ではない。


「それは……外地を放棄されるということですか?」

「そうだ。そもそも外地など持っていたところでしょうがない。土地は貧しく鬼石も大して取れんからな」

「なるほど」

「外地をただ捨てれば、東亞は大きく乱れるだろう。どうすれば丸く収まると思う? まあただの酔狂だ。真面目に考えずともよい」


 東亞の超大国として振舞ってきた大八洲が大分裂を起こすとなれば、その影響は計り知れないだろう。


「はい。僕としても外地を解放することには同意です。植民地など野蛮の骨頂。全ての人はそれぞれの国を持ち、他の誰にも支配されるべきではありません。それに基づき、唐人は唐人の国を、群嶋の人は群嶋の国を持つべきです」

「ほう」

「そして彼らの国が出来た後は、東亞の全ての国が盟約を結び、互いに和して共に栄えるのが上策です。合州国のような覇道を廃し、王道によって東亞は一つになるべきなのです」


 東亞に存在する全ての民族が自らの国を持ち、互いに対等な、巨大な同盟を結んで共に栄えヴェステンラントに対抗する。西方の武力による拡大と略取を廃し、東方の道義に基づく協和と共栄を国家方針とするのだ。


「なるほど。しかし西方の者であるお前がどうして道義などを知っているのだ?」

「それは……幼い頃から東方の国々が好きなもので……」

「そうか。まあ何でも良い。確かにこれまでの大八洲が歩んだは武士の覇道であった。天子様を奉ずるのであれば、王道に戻らなばなるまい」

「はい。力で制するは下策。同盟は中策。共栄こそが上策です」

「分かった。面白い話を聞かせてもらった。俺は気に入ったが、諸大名がそうだとも限らない。特に外地に所領を持つ武田や大友は、面倒な相手になるだろうな」

「まさか戦を起こすつもりですか……?」

「奴らが俺に従わぬのならば、仕方あるまい」

「これも聞かなかったことにしておきます」


 完全に外地に領地を移した大友家、唐土を実力で切り取っている最中の武田家。大大名ではこの二家が反発するのは間違いない。晴政の政権も前途多難だ。

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