新体制運動
ACU2314 1/9 帝都ブルグンテン 総統官邸
少し遡り、朔らが唐土に飛んでいる頃のこと。
「――大八洲から支援要請?」
ヒンケル総統に届いたのは大八洲からの意外な要請であった。
「はい。大八洲は内戦をほぼ収束させ、諸大名による連合政権を構築しつつあります。そこで彼らと同じような連邦を経営している我々に、連邦の何たるかを教えて欲しい、とのことです」
リッベントロップ外務大臣は言う。つまりゲルマニアの連邦制を大八洲に学ばせてくれ、ということだ。大八洲が大っぴらに支援をしてくるのは初めてだが、それだけ彼らも余裕がないのだろう。
「なるほどな。まあいいんじゃないか。大八洲との友好関係が深まるのはよいことだ」
「はい。我が国に損失はありません。応じるのがよいかと」
やることは数十人程度の使節を送ることだけだ。ゲルマニアの懐は痛まない。それだけで大八洲との関係が得られるのなら、かなり得な買い物だ。
「それでは、早速誰を送るか決めよう。取り敢えずリッベントロップ外務大臣、君が使節団の代表だ。大八洲に顔が聞くのは君くらいだからな」
「え、はい。お任せ下さい」
リッベントロップ外務大臣を代表として、官僚や武官などから適当な人材が選ばれた。
「――それと、シグルズを送り付けるとしよう」
「シグルズですか? 彼はただの軍人では……」
「彼の政治への見識は確かなものだ。何か面白いことをしてくれるかもしれない」
「はぁ、面白い……」
国家総動員法や治安維持法と言った先進的な発想をゲルマニアにもたらしたのはシグルズだ。既存の官僚制に縛られないだけに自由な発想が出来るのだろうと、ヒンケル総統は思っている。
「ブリタンニア戦線は完全に膠着状態で第88機甲旅団は補充が必要だし、シグルズは大八洲の事情に詳しいらしい。護衛にもなるし、せっかくなのだから彼に働いてもらおうではないか」
「我が総統が仰るのなら、異論はありません。彼を加えるとしましょう」
かくしてシグルズは本人の意志とは全く関係なく2度目の大八洲に飛ばされることとなった。
〇
ACU2314 1/17 大八洲皇國 肥前國
総統がやると決めればゲルマニアは最速で行動する。1週間と経たずにリッベントロップ外務大臣率いる使節団は大八洲本土に到着していた。あくまで外交官ということで、ヴェステンラント合州国は珍しく国際法を守り、攻撃を加えてくることはなかった。
彼らが乗る甲鉄船が到着した肥前の港には、今のところの政府首班である伊達陸奥守晴政が自ら出向いていた。
「リッベントロップ殿、伊達陸奥守晴政と申します。以前お会いした時はほとんど話も出来ませんでしたな」
「確かに、前回は色々とありましたからね。ギルベルト・フォン・リッベントロップ外務卿です」
晴政とリッベントロップは握手を交わした。
「それと、そこにいるのは音に聞くハーケンブルクですかな」
「はい。シグルズ・フォン・ハーケンブルク少将、我が国で最高の勲章を持つ将官です」
「シグルズ、一度会ってみたかった。よろしく頼もう」
「あ、はい。よろしくお願いします、伊達様」
晴政はシグルズの手も握る。ただの軍人である彼とわざわざ握手するとは、なかなかの大盤振る舞いである。
「屋敷を用意してあります。さっさと行きましょう」
「はい。ありがとうございます」
生粋の大八洲人である晴政よりリッベントロップ外務卿の方が敬語が上手いのは何なのか。シグルズは吹き出しそうになるのを堪えた。まあシグルズ自身も大概であるが。
その後、肥前に用意された屋敷で長旅の疲れを癒し、本格的に使節としての仕事が始まった。シグルズは護衛であるから大した仕事はない――筈であったのだが、どういう訳か晴政に名指しで呼び出されて面会することになってしまった。
「――それで、何の御用でしょうか……」
晴政の後ろには片倉源十郎が鬼のように目を光らせており、流石のシグルズも委縮してしまう。
「お前は何かと面白いことを提言すると聞く。俺はそれが聞きたい。何か面白いことを申してみよ」
「そ、そう言われましても……僕は芸人ではないのですが……」
「晴政様、もう少し具体的に問うべきかと」
「そうか。では聞こう。俺はヴェステンラントやらガラティアやらと戦う為、大八州を纏め上げなければならない。どうすればよいと思う?」
「そ、そうですね――」
何とも曖昧な質問であるが、要するに、征夷大将軍を中心とする統治機構に代わるものを提案して欲しいのだろう。
「であれば、天子様を奉じ……いや、それはダメか」
シグルズは頭の中で明治維新を思い浮かべていたが、目の前にいるのは旧体制側の大名である。それはダメだ。
「何だ?」
「い、今のはお忘れを。僕から申し上げるとすれば、新しく氏うじを創設するというのはいかがでしょうか? その氏長者として伊達様が天下と治められればよいかと」
豊臣秀吉がやったのと同じ手だ。源平藤橘に並ぶ氏族を創設し、晴政がその家長となると同時に、諸大名をその氏族の中に取り込むのである。
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