明智の考え

「――それならば、私が城の外に参りましょう。朔様が仰せになる場所に今すぐ参ります」

「それならば……分かりました。よいでしょう」


 朔は味方の野営地と真反対の平明京再外郭の砦を指定した。朔は数人の頼れる者だけを連れて訪れ、明智日向守も同様であった。かくして明智と朔の面会は始まった。


「どうやら、わたくし達を罠にかけようというつもりはないようにございますね」

「無論です。そもそも朔様が本気を出されたら、我々では手の出しようがありませぬ」

「そ、そうですか」


 少し照れる朔。


「それで、これは何用にございますか? まさか曉を裏切って我らに寝返りたいとでも?」

「裏切る……。そう捉えてもらっても構いませぬ」

「ほう?」

「私は曉様の家臣ですが、同時に天子様の家臣でもあります。私は今、天子様の家臣、大八洲の下僕として動こうとしております」


 何とも曖昧な返答に困惑する朔。


「つ、つまり何がしたいのですか?」

「今や、曉様が内地に返り咲くなどということは夢幻の如きこと。せめて中國にて内地とは独立の勢力を保つのが関の山でしょう」

「はあ」

「であればまず、天子様を平明京に留めおく理由はありません」


 例え征夷大將軍が廃されたとしても、天子を擁することは内地に攻め込む大きな大義となる。だが曉にそんな力はないと、明智日向守は冷静に判断していた。


「お、お待ちください。どうしていきなり天子様が云々との話になるのでございますか?」

「おや? 朔様は天子様をお連れしにここに参ったのでは?」

「ど、どうしてそのことを?」

「今のあなた様の狼狽ぶりに確信を得ました」

「んなっ、は、謀ったのですね!?」


 明智日向守は朔らが中國に侵入したことを察知すると(まあこの時点で潜入は失敗しているが)すぐにその目的が天子の奪還であると推測した。それは推測に過ぎなかったが、今の朔の反応でそれが正解だと知ったのである。


「朔様も、もう少し話術を身に付けた方がよいでしょうな」

「クッ……ぐうの音も出ない……。ま、まあそれはよいとして、明智殿は我らの計略に乗ろうと仰るのでございますか?」

「左様です。最初に申し上げましたように、私は大八洲の下僕。ガラティアの侵掠から大八洲そのものを守らなければなりません。その為の最善の策は天子様を内地にお返しすることです」

「わ、分かりました。納得は出来ます」


 内地に再度攻め入るのが不可能であるから、天子を擁する意味がない。そして曉としてもガラティアからの攻撃が止むのはありがたい。この二つの理由で明智日向守は晴政の作戦に乗ることにしたのであった。


 因みにガラティアの重圧から解放された曉が潮仙半嶋に攻め込まないのか、ということについては、仮にガラティアが攻め込んで来ないとして備えとして大規模な兵力を西の国境に置いておかねばならず、武田に攻勢を掛ける余裕はないであろう。


「とは言え、信用した訳ではございません。天子様を平明京の外にお連れして頂きます」

「はい。朔様の望まれるままにするがよろしいかと」


 そして翌日。明智日向守は朔の言う通りの場所に密かに皇御孫命を連れ出してきた。


「天子様、平朔にございます。お迎えに参上仕りました」


 朔は皇御孫命をわざわざ用意してきた専用の籠に乗せ、八名の武士で籠を持って空を飛び、一気に海岸まで移動して、無事に内地まで帰還したのであった。


 ○


 ACU2314 1/18 巴城


「何? 中國管領が廃された、だと?」


 アリスカンダルはイブラーヒーム内務卿に尋ね返す。皇御孫命を確保した晴政率いる大八州臨時政府は、征夷大將軍の廃止、葛埜京への遷都をガラティア帝国に通告した。唐土の完全放棄まではまだ決定されていない。


「はい、陛下。また、今や上杉は君主ではなく、天子様もお救い申し上げたから、助太刀は一切不要との通信が入っております」

「そうか。今や曉は謀反人ですらなくなったか」


 最初から怪しかったが、ガラティアは謀反人を討伐するという大義を掲げて大八州領に侵攻した。だがその謀反の対象である征夷大将軍が廃され、謀反もクソもなくなってしまった訳である。


「もう少しよい大義名分にしておくべきだったな」

「そ、そうですね……。まさかこんなことになるとは思いませんでしたが、我々がこれ以上東に進む大義は失われてしまいました。これでは撤退するしか……」

「少なくとも今の占領地は治安維持の名目で保持出来るだろう。それよりも、早く次の大義を考えよう。我々は東の果てを手に入れなければならない」

「し、しかし、我々は既に他国の内戦に勝手に介入している立場です。大八州の側が支援を明確に拒否した今、これ以上動けば大八州との戦争にもなりかねません」

「そうか。ならそうしよう。大八州と戦争をするとしよう」


 アリスカンダルはさも何でもないことのように言った。


「へ、陛下?」

「何をとぼけた顔をしている? すぐに大八州との戦争準備に取り掛かれ」

「ほ、本気ですか……?」

「当たり前ではないか。奴らがそれを望んだ。私は受けて立つだけだ」

「……承知しました。少々お時間を頂けますか?」

「構わん。但し、一月以内にな」

「はっ」


 どうやら晴政の策はアリスカンダルには逆効果だったらしい。

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