膠着

「あんな奴らを相手にしてはいられん! 全軍、直ちに撤退せよ!!」

「ほ、本当に撤退するのですか!? もう少しでカムロデュルムを――」

「ダメだ! このままでは私達が押し負ける! 問答無用だ! 下がれ!!」

「は、はっ!!」


 スカーレット隊長は自爆攻撃を繰り返すブリタンニア兵をマトモに相手にするべきではないと判断した。重騎兵は装甲列車への攻撃を諦め、全速力でクロエの待つ本隊へと後退を始めた。


 列車砲は既に破壊されていたが、戦艦は健在だ。一纏まりになって雪原を撤退する重騎兵達に巨大な砲弾が降り注ぎ、多くの兵が吹き飛ばされた。


「総員、可能な限り散開せよ! 散らばれ!!」

「そんなことをしたら統制が取れません!」

「クソッ、ダメか……」


 最初に重騎兵が散開して攻め込めたのは、予め部隊をバラしておいてそれを装甲列車に向かって突撃させたからだ。このような戦場で走りながら部隊を散開させることは不可能である。これがヴェステンラント軍の限界だろう。


 結局、重騎兵隊は合計して二千近い損害を出し、命からがら本隊に合流したのであった。


「――しかし隊長、さっきは聞けませんでしたが、どうしてブリタンニア兵を相手に撤退したのですか?」

「あんな簡単な武器、ヴェステンラントでも大量に作れる。だからブリタンニア兵は私達が壊滅するまで押し寄せてきていただろう。私達が負けるまで奴らが戦うのなら、私達に勝ち目はない」


 ブリタンニア軍の武器の構造はスカーレット隊長にもすぐに分かった。槍の先に火薬を詰め込み、雷管など何らかの起爆装置を取り付けたのだろう。そのくらいの技術はヴェステンラントとて知っている。そしてそれが極めて簡単に量産出来ることも。


 つまり、ブリタンニア兵の戦力はあの状況では無尽蔵のようなものだった。彼らが兵士の消耗をものともせず攻撃を仕掛けるのなら、重騎兵は少しずつ削られ、いずれ壊滅していただろう。であるのなら、無駄に粘って戦力を浪費する意味はない。


 スカーレット隊長が素早く撤退を判断したのは主にそういう理由である。スカーレット隊長はこれらの事情をクロエに報告した。


「――なるほど。自爆する兵士ですか。それは確かに、重騎兵にとっても脅威ですね。そんな至近距離の爆発では魔導装甲も意味をなしません」


 魔導装甲には気密性がない。故に爆弾の破片効果は吸収できても、急激な気圧の変化などで着用した人間が負傷、或いは死亡してしまうのだ。一般に衝撃波が届く範囲は破片が届く範囲と比べて短く、戦車の榴弾でもほとんど気にされて来なかったが、至近距離で自爆されると話は別なのである。


「はい。とは言え、これは奇襲を喰らい白兵戦に持ち込まれたからであって、十分な距離があれば、槍しか武器がない連中など弩や魔法で一掃出来ます!」

「敵が戦車や装甲車に乗って距離を詰めてきたらどうするんですか?」

「え、そ、それは……」


 ゲルマニア軍が無理やりにでも距離を詰める方法は何個かある。それで彼らが自爆を採用すれば、重騎兵に対して積極的に攻勢に出ることも可能だろう。


「もっとも、ゲルマニア軍がそんなことをするとは思えませんがね。ブリタンニア軍の切羽詰まった行動と見るのが自然でしょう」

「た、確かに、私もそう思います」


 やろうと思えば自動車に爆弾を積んだり兵士に爆弾を括りつけたりと、ゲルマニア軍にだって重騎兵に対抗する手段はあった筈だ。まあ急に戦術思想を人命軽視に変える可能性もなくはないが、それは現実的ではない。あるとしたら帝都ブルグンテンが攻められた時くらいだろう。


「とは言え、少なくとも首都を攻める限りはブリタンニア人が自爆攻撃を仕掛けてい来る可能性があるということです。仮に装甲列車を落としたとしても市街戦でそれをされたら、とても戦えたものではありません」

「考えたくもありません、そんな地獄は」


 ブリタンニアの自爆兵はヴェステンラント軍に大きな衝撃を与えたいた。クロエもスカーレット隊長も、少なくとも何の対策もせずにカムロデュルムに攻め込もうとはとても思えなかった。


「それではどうされるのですか、クロエ様」


 マキナは尋ねる。


「そうですね。まあ私達がここに陣を張っていれば、ゲルマニア軍も動けないでしょう。ここで両軍の主力が睨み合っているうちに、ノエルに戦線を進めてもらいましょう」


 カムロデュルムでの戦術的勝利を一旦諦め、戦略的にブリタンニア共和国を追い詰めて行こうというのがクロエの作戦である。実際、ゲルマニア軍はカムロデュルム防衛を最優先にしており、他の防衛線は手薄になっている。


「長期間ここに滞在すると言うことですか」

「はい。私達の操り人形――ブリタンニア連合王国のお陰で補給は順調です。問題はないのでは?」

「確かに、今のところ問題はありません」

「まあ私も、本当はベダの方がいいんですが、ベダではゲルマニア軍の動きに即応出来ませんからね」

「承知しました。それではここに簡易的な拠点を建設することとしましょう」

「ええ。そこら辺はお任せします、マキナ」


 ベダの戦いのような長期戦がまたもや始まろうとしていた。

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