膠着Ⅱ

 ACU2313 12/25 首都カムロデュルム ゲルマニア軍臨時司令部


「――ふむ。ヴェステンラント軍に動く気配はなし、か」

「はい、閣下。彼らは野戦築城を行い、持久戦を志向するものかと思われます」

「ヴェステンラント軍の陣地に攻め込むのは難しい。どうしたものか」


 ザイス=インクヴァルト大将は煙草を吹かす。一先ずの危機を脱し、彼にはいつもの余裕が戻っていた。


「ほ、報告は以上です」

「結構だ」


 ブリタンニア軍が5,000以上の兵をたったの30分程度で失い、装甲列車は使いものにならないくらいに損傷し、備蓄の半分程度の弾薬を使用したものの、ゲルマニア軍自体は大した兵の損耗もなく、ヴェステンラント軍を撃退することに成功した。


 しかしヴェステンラント軍は全く諦める気がないようだ。彼らはカムロデュルムの傍近くに堅牢な陣地を築きつつある。少なくともこれを落とさなければ、ゲルマニア軍は兵力を移動させることもままならない。それはヴェステンラント軍も同じではあるが。


 現状はこんなところである。


「さて諸君、この状況を打開する策はあるかね?」


 ザイス=インクヴァルト大将は早速諸将を集めて会議を開いた。残念ながらオステルマン中将は未だに病院に閉じ込められている。


「――やはり対人焼夷弾の完成なくしては、こちらから攻撃を仕掛けるのは厳しいかと思いますね」


 シグルズは言う。重騎兵と激しい戦闘を繰り広げた彼だからこそ、今の装備のままで重騎兵と正面切って戦うのは無理だと断言出来る。


「君ですらそう思うか」

「はい。奴らの耐久力は戦車に等しいと考えるべきです。であれば、中の人間を特殊な手段で殺害するか、戦車を破壊出来る鉄量を投じるしかありませんが、後者は無理です」

「君がそこまで言うのなら、攻撃は諦めるとするか」

「え、よろしいのですか?」

「無理なものは無理なのだ。いくら工夫してもなし得ないことはこの世にいくらでもあるものだ」

「はぁ……」


 ヴェステンラント軍を何とかして撃滅する手段を模索する会議だと、誰もが思っていた。だがその選択肢は開始早々に排除された訳である。大将が何を考えているのか全く分からない。


「だったらどうされるつもりなのですか? カムロデュルムの目の前にヴェステンラント軍がいては、我が軍は身動きが取れません」

「すぐに何とか出来るようになる」

「何かアテがあるのですか?」

「ああ、あるとも」


 結局、この日の会議は特に何の成果もなく終わった。だがその2日後、事態は動く。


「――対人焼夷弾を1,000発、先行量産型、持ってきたよー」


 いつも通りの妙に気の抜けた声でライラ所長は言う。本国から対重騎兵の切り札となる


「おお、完成したんですか」

「うん。まあ完成自体は前からしてたんだけど、クリスティーナが頑張って1,000発を捻り出してくれたんだ」


 正直言って常軌を逸する天才であるライラ所長にかかれば、新兵器の1つや2つ、1ヶ月もあれば開発できるのである。そして開発した対陣焼夷弾を、まだ量産工程が整っていないにも拘わらず、クリスティーナ所長が人海戦術で無理くり生産したのがこれだ。


「感謝する、ライラ所長。ザウケル労働大臣にもよろしく言っておいてくれ」

「了解ー」

「さてシグルズ君、私が何を言わんとしているのかは分かるな」


 ザイス=インクヴァルト大将は子供っぽい笑みを浮かべた。


「ええ、分かりますとも。これを使ってヴェステンラント軍の陣地に特攻して来ればいいんですよね?」

「うむ、その通りだ。たった1,000の砲弾では、機甲旅団1つで簡単に使い切ってしまうだろう。全てを君に預ける」

「それは僕だけが決死の作戦に投入されると言うことでは?」

「名誉なことではないか。軍人向けの黄金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章より上の勲章を創設することを、総統閣下に打診しておこう」

「僕は死ぬんですかね……」

「それは君次第だ」


 かくしてシグルズは一切の反論の余地なく、第88機甲旅団単騎でヴェステンラント軍の陣地へと特攻することが決定された。


「まあ、我が軍も総力を尽くして君達を掩護する。心配はするな」

「あ、どうも、ありがとうございます」


 正直言ってあまり期待出来ないが、ないよりはマシだろう。


「ああそうだ、ライラ所長」

「ん? 何、シグルズ?」

「今から死ぬかもしれないので対重騎兵用の装備の提案をしておきます」

「おお、聞かせて聞かせて」


 重騎兵を何度か相手取ってのシグルズの所感である。因みにまだザイス=インクヴァルト大将にも言っていない。


「はい。重騎兵を相手にするにはやはり強力な銃撃が必要です。砲弾のような広範囲を攻撃する武器では、彼らに対し十分な効果を上げられるとは思えません」

「ほうほう。でも強力な銃撃って?」

「銃そのもので提案が一つ。それと弾薬の改善に提案が一つあります」

「うん」

「第一に、小銃でも機関短銃でもない銃――突撃銃が必要です。第二に、弾薬を徹甲弾に切り替えましょう」


 シグルズの提案は、半分は地球の歴史に沿ったもの、半分は地球の歴史を張り合わせたものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る