ルカの亡命

「私の本当の名前はワフンセナカウと申します。かつてはあなたの母上、イズーナ様に仕えておりました」

「何だって? 本当、なのか?」

「はい。このような嘘は申しません。私はまだ貴方様がほんの小さな子供であった時からイズーナ様にお仕えし、この国が出来上がる様をすぐ近くで見ておりました」

「それは、それは凄いな。是非ともその話、聞かせてくれ!」


 ルカは興奮気味に。まだ僅かな記憶しかない頃にイズーナは死んでしまい、独立戦争の頃の話を母に聞くことは出来なかった。


 しかしワフンセナカウの表情は暗かった。


「あなた様が教わった独立戦争の経緯。途中までは特に嘘はありません。真実であると言えるでしょう。しかし、最後にひとつ、大きな嘘があります」

「嘘?」

「はい。イズーナ様を弑逆した者についてです。公的には、それは原住民の過激派だということになっておりますね?」

「ああ、そうだね。だからと言って有色人種を嫌いにはならないが」

「ありがとうございます。ですが、そもそもそれが嘘なのです。イズーナ様を殺したのはそんな存在もしない過激派ではありません」

「……では誰が?」

「ジョージ・ワシントン将軍です。あの男がイズーナ様を殺し、その罪を我々に擦り付けたのです」


 ワシントンはイズーナやワスカルなど独立の元勲達を殺害し、その濡れ衣を有色人種に着せ、自らが軍の最高司令官になったのだ。


「なっ……。確かにいけ好かない奴だが、あいつがやったって言うのか? 今でもヴェステンラント軍を率いているあの男が?」

「はい。あのワシントンです。あの悪魔は、自らが権力を得る為だけに多くの者を殺し、有色人種を迫害したのです」

「にわかには信じられない……どうして今まで教えてくれなかったんだ?」

「恥ずかしながら、これを漏らせば私の身に危険が及ぶからにございます。ワシントンは血も涙もない男です。彼の虐殺を私が生き延びていたことを知れば、私はすぐに殺されるでしょう。あなた様が本当に信じられると確信したからこそ、こうしてお話している次第です」


 この話をしてルカがワフンセナカウのことを言いふらさないとも限らなかった。だが彼の正義の心を目の当たりにして、ワフンセナカウは話すことを決めたのだ。


「そうか……ありがとう。僕を信じてくれて。決して奴に知らせたりはしない」

「ありがとうございます」

「しかし、姉さんはこれを知っているんだろうか」

「分かりません。私はこのことには全く関わっておりませんから」

「そうか。だがそれは、確かめなくては」

「それは……」

「大丈夫だ。君のことを話したりはしない」


 女王、殺されたイズーナの長子がワシントンの凶行を知っているのか。ルカはそれを確かめなくてはならない。


 翌日。ルカはヴァルトルートの許に訪れた。


「――単刀直入に聞く。姉さん、このことを知っているのか?」

「……ええ。知っていました」


 ヴァルトルートは少し口ごもった後、そう告げた。


「それなら、何故ワシントンを野放しにしているんだ? あんな奴すぐに殺すべきじゃないか? 女王を殺した大逆人なんだよ?」

「ええ、そうです。しかし、ただでさえ内憂外患を抱える我が国で、これ以上の混乱を招くことは出来ません。母が残した最も大きなもの、ヴェステンラント合州国だけは、何としても守らなければ」

「その母を殺した男を野放しにしておいてもか?」

「はい。私はこの国の女王です。今や、家族の情などよりも国家の安泰を優先しなければなりません」

「僕には理解出来ない。姉さんがそのつもりなら、僕が世間にこのことを暴露する!」

「もし本当にそのつもりなら、私は今ここであなたを殺さなければなりませんよ?」


 ヴァルトルートは右手の中に鋭く煌めく長剣を作り出し、ルカに剣先を向けた。女王として、それは正しい判断だろう。


「そこまでして……!」

「しかし、私も一人の人間です。弟を殺すなど余りにも心苦しい。出来ればあなたを殺したくはありません」

「じゃあどうするって言うんだ?」

「あなたが改心するなら今まで通りで構いません。ですが、あなたはそう簡単に諦めてはくらないでしょうね」

「……まあね」

「ですので、あなたは国外追放とします。どこか遠くの国に行き、静かに暮らすのであれば、あなたに危害を加えたりはしません」

「分かった。ありがとう」


 女王としてこの国にルカを置いておく訳にはいかないが、殺したくもない。そんなヴァルトルートの最大限の優しさが国外追放だった。


「安心してください。ワシントンはいずれ、誰にも知られないように殺します」


 ヴァルトルートの静かな声とは反対に、その目は殺気を帯びていた。


「そ、そう。それなら、後は全て任せたよ、姉さん」

「さようなら。また会うことはないでしょう」


 かくしてルカはワフンセナカウを伴って遠くエウロパに亡命することになった。目指したのは小国が割拠する東エウロパで頭角を現すダキア公国である。


 因みにワシントン将軍は、大八州を降した後に病死したらしい。突然の病死である。

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