第四十六章 第二次カムロデュルム攻防戦

ベダ敗退

 ACU2313 12/2 ブリタンニア共和国 ベダ


「機甲旅団がやられた!?」「司令部と通信が出来ません!」「ここはもうダメです!!」


 ベダの塹壕線はクロエ率いる主力部隊の猛攻を受け、じりじりと後退を繰り返していた。ザイス=インクヴァルト大将との通信は繋がらず、彼らは生き残る為だけに闘争を続けていた。


「ど、どうすれば……」

「我が軍の秩序は、今や崩壊した。これ以上の抗戦は無意味な犠牲を増やすだけだ」

「で、では……」

「ああ。降伏しよう。武器を置き、白旗を掲げてくれ」

「は、はっ!」


 混沌とした戦場では生きることだけが全てだ。ヴェステンラント軍に降伏する師団、カムロデュルムに命からがら逃げかえる師団など、軍隊としての秩序は完全に失われていた。


 ○


「全てが裏目に出てしまった。重騎兵、ここまで強力であったか……」


 ザイス=インクヴァルト大将は指揮装甲車に揺られながら溜息を吐いた。ベダに敵の侵入を許した大将は、無様に逃げ去ることしか出来なかった。


「可能な限り通信を試みよ。通信が繋がる師団を、探してくれ」

「はっ!」


 司令部に置いてあった通信機は放棄せざるを得なかった。今は指揮装甲車の中の魔導通信機で何とか部隊との通信を試みるしかない。


「繋がりました! 第88機甲旅団です!」

「こういう時もシグルズ君か……」


 ザイス=インクヴァルト大将は早速シグルズと通信を繋いだ。


「シグルズ君、現状はどうだ? 生きているか?」

『ええ。生きてますよ。しかし現状、後方は重騎兵に塞がれ、前方から魔導兵の大軍が迫っています。第89機甲旅団とは合流しています。第18機甲旅団は壊滅的な損害を受けて動けません』


 機甲旅団は塹壕と市街地の中間に取り残され行動を決めかねていた。ヴェステンラント軍には恐らく、意図的に無視されている。


「そうか……今やベダを守り抜くことは不可能だ。君達は全力でカムロデュルムに撤退してくれたまえ」

『――はい。しかし可能な限り、友軍の撤退を支援したいかと思います』

「君達が逃げられる限りで頼む。君達が包囲されそうであれば、すぐに撤退せよ」

『分かりました。それではまた』


 防衛線が崩壊した今、ゲルマニア軍に出来ることは部隊を可能な限り撤退させることだけだ。その後もいくつかの師団と通信が繋がったが、流石のザイス=インクヴァルト大将でも前線の状況を把握することは出来ず、カムロデュルムに向かって脱出するよう命じることしか出来なかった。


 ○


 ACU2313 12/3 ベダ市内


「クロエ様、敵軍は全て敗走するか我々に降伏しました。ベダは我々のものです」


 マキナは淡々とクロエに報告した。ヴェステンラント軍は完全に勝利し、ベダにいるゲルマニア兵は捕虜か死体だけである。


「これで、カムロデュルムに攻め込むに当たっての最高の前線基地を手に入れましたね」

「はい。ここはカムロデュルム防衛の最後の砦。ベダとカムロデュルムの間には目立った要害は存在しません」


 カムロデュルムはすぐ目の前だ。ベダという補給基地を手に入れた今、ヴェステンラント軍はいつでもカムロデュルムに攻め込むことが出来る。


「まさかこんなすぐにカムロデュルムに戻って来られるとは思いませんでしたね」

「はい。女王陛下からのご支援のお陰です」

「上手く使いこなしてくれたスカーレット隊長のお陰でもありますね」


 たった1万人の重騎兵が戦況をすっかり変貌させた。彼らの存在はヴェステンラント軍にとっても驚異的であった。


「少し兵を休めましょう。それなりの損害が出ていますし、半月近くの戦いになってしまいましたから」

「はい。そのように」


 ヴェステンラント軍もそれなりに疲弊していた。とは言え、ゲルマニア軍に時間の猶予はそうない。


 〇


 ACU2313 12/3 ブリタンニア共和国 首都カムロデュルム


「ベダが落ちたか」

「はい。ゲルマニア軍は完膚無きまでに叩きのめされ、カムロデュルムに向けて敗走しているようです。死者は少なくとも5万、捕虜は10万を超えるとのことです」


 クロムウェル護国卿は当然、ベダの情報をいち早く手に入れていた。


「問題は死人ではないだろう。何人生き残った? 何人がまだ戦える?」

「はっ。撤退に成功したのはゲルマニア軍が10万人、我が軍が2万人程度とのことです。一方、ヴェステンラント軍の損害は小さなもので、重騎兵を含む6万がほぼ温存されています」

「何とも酷い状況だな。魔導兵を相手に同等の数で挑むのは自殺行為だ。それに敵には戦車でようやく互角に戦える兵士がいる。我々ではとても相手にならない」


 一昔前までは魔導兵を相手にするには相手より1桁多い兵士が必要だった。今ではその比率はマシになっているものの、最低でも3倍は人間が必要だ。


 状況は端的に言って絶望的である。


「先の戦闘でカムロデュルムは大いに傷付いてしまった。籠城にもあまり期待は出来ない」

「そ、そうですね……」


 ゲルマニア軍は大量の大砲でカムロデュルムの城壁を破壊してしまった。これはそう簡単に修復出来るものではない。


「頼れるものと言えば装甲列車か。しかしあれも、どこまで耐えられるものか」

「戦車の正面装甲より厚いとのことですが……」

「期待通りに行けばよいな」


 ライラ所長の対人焼夷弾が届くのはまだまだ先だ。

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