閑話 ヴェステンラント王家の血脈

第一王子ルカ・ロベール

 ACU2219 12/11 ヴェステンラント合州国 王都ルテティア・ノヴァ


 ヴェステンラントを独立に導いた魔女イズーナ。彼女には4人の子供がいた。上からヴァルトルート、アリーセ、シーラ、ルカである。ルカは末子であり、唯一の男子であった。


 ヴェステンラントにおいては初代最高指導者であるイズーナが女性であったころから女系相続が当然のことと見られており、ルカは歴史の表舞台に出ることは出来なかった。しかし逆に、面倒な権力争いに巻き込まれることもなく、静かに魔法の研究に勤しんでいた。


 彼の際たる成果は魔法の使える者を簡便に分類する方法を発明したことであろう。


 最も下のデクリオン級は魔導装甲や魔導弩の力を借りて魔法を行使する、所謂魔導兵。最も上のレギオー級はイズーナの血に連なる別格の魔女。自ら魔法を使える者は空を飛べる魔法が使えるか使えないかで分類され、空を飛べない者がケントゥリア級、空を飛べる者がコホルス級である。


 加えて、デクリオン級の魔導装甲や魔導弩も、元はと言えば豊富なエスペラニウムを有効活用する為にルカが主導して開発した者である。個人の力量に頼らない魔法の軍隊は、ヴェステンラントを一躍世界最大の軍事大国へと発展させた。


 ルカは少なくともこの時、世界中の国と緊張状態にあるヴェステンラントを諸外国の侵略から守るにはこの軍隊が必要だと信じていた。だが彼の用意した軍隊は、たちまち自衛の範囲を超えるものに肥大化していった。


「ヴァルトルート姉さん、大八州と戦を構えるというのは本当なのか?」


 第2代ヴェステンラント女王ヴァルトルートに、ルカは彼の研究室で抗議していた。普通に考えれば女王となるには若過ぎるが、礼儀正しく聡明に女王の職務と淡々とこなしている立派な女性だ。


「ええ、本当です。大八州植民地は我が国と国境を接しており、これは我が国に対する重大な脅威です。これのせいで我が国の軍事費は嵩み、民の重荷となっています。ですから、早いうちに大陸から大八州の勢力を追放しなければなりません」


 ゲルマニア、ルシタニア、ブリタンニアの植民地は完全に壊滅した。だが北ヴェステンラント大陸西海岸の広大な領土は、未だに大八州の領地である。


「そ、それは理解出来なくはないが、せめて少しくらいは教えてくれてもいいじゃないか! いきなりそんなことを言われても――」

「では、事前にあなたの相談していたとして、何か変わったと言うのですか?」

「分からないが、少なくとも変わる可能性はあった」

「――そうですか。あなたは相変わらず難しいことを言うのですね。とは言え、何の発言力もないあなたに何かが変えられたとは思えませんが」

「…………君の口ぶりからするに、大八州を完全に追い落とすまでは戦争を終わらせるつもりはないんだね?」


 女王が語った目的はヴェステンラントへの脅威を完全に排除すること。それは大八州の勢力を完全に大陸から追放するということに他ならない。


「ええ、その通りです。ヴェステンラント大陸を治めるのは私達です。外国の勢力は排除しなければ」

「僕達だって、外からやって来た白人だ。その統治に正統性はない」

「そのようなこと、外で一言でも言ってみなさい。例え我が弟でも、容赦は出来ませんよ」

「そんなことをするつもりはない。そして僕に既に決定したことを覆す力もない。これ以上の対話は無意味だ。他に要件がないのなら帰ってくれ」

「特にはありません。あなたも、少しは休まないと体が持ちませんよ」

「余計なお世話だ」


 ヴァルトルートを研究室から追い出し、ルカはまた研究に打ち込むのであった。彼に出来ることなど些細なこと。無駄な努力に時間をかけるのは彼の流儀ではなかった。


 ○


 ACU2220 2/11 王都ルテティア・ノヴァ


「ルカ様、ご報告です。大八州の東京城が陥落したとのことです」


 ルカは執事の老人からその報せを受け取った。


「東京――大八州植民地の本拠地だ。あの大八州の武士を圧倒するとは、ははっ、僕の作った魔導兵はとんでもない強さらしい」

「はい。我が軍が総勢40万を数えるのに対して、大八州はまだ6万程度の魔導兵しか用意出来ていなかったようにございます」

「いくら個人が精強でも、その数の差には勝てない。これからの戦争は数の勝負になるだろうな」

「さて。私には何とも」

「それで、僕の軍隊はどうしている?」

「と、言いますと?」

「落とした東京で何をやっているんだと聞いている」


 ルカがそう言った途端、執事は顔をしかめた。


「それは……兵らは、男は殺し、女子供は犯し、略奪の限りを尽くしていると伝え聞いております。東京は今や地獄のような有様であると」

「やっぱりな。分かっていたさ。僕達白人は、結局その程度の人種だ。それに比べてお前達有色人種はとても高潔だ。羨ましいよ」

「白人がお嫌いなのですか?」

「まあな」

「であるのならば……ルカ様にはお教えしていいかもしれません」

「ん? 何をだ?」


 老人は静かに語り出した。それはルカを驚愕させる話だった。

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