ベダの結末

 ACU2313 12/2 ブリタンニア共和国 ベダ


 雪は勢いを増すばかりでゲルマニア軍の塹壕に降り積もり続けている。寒さも厳しくなってきた。悪天候ごときをものともしないヴェステンラント軍に対して、ゲルマニア軍の不利は拡大するばかりである。


「オステルマン中将はまだ復帰出来ないのか?」


 ザイス=インクヴァルト大将は苛立った様子を隠せない。


「は、はい。本人は既に元気そうではありますが、軍医達は傷が完全に治るまで復帰など論外であると。何分、緊急の処置として焼灼止血をしたようでして、傷の治りが悪いとのことです」


 シュルヴィ腕の切断面を焼いて出血を止めた。それは一時的には有効であったが、今は傷が悪化して、回復に時間がかかるらしい。


「……分かった。それで無理をさせる訳にもいくまい」

「はっ。では引き続き中将閣下には療養して頂くとのことで」

「それでよい」


 まだ暫くオステルマン中将は復帰出来なさそうだ。これは両軍の戦力が伯仲しているベダでは大きな問題である。


 ○


「クロエ様、少々気になる情報があります」

「情報? 何ですか?」

「ゲルマニア軍の第18機甲旅団の将軍、オステルマン師団長が負傷して暫く戦線に復帰出来ないと、いくつかの通信の内容から見受けられます」

「ほう……。緑の目の魔女ですね」


 マキナはどこからかオステルマン中将の容体を把握してきた。彼女の容体は最重要の情報とはされておらず、魔導通信機の通信内容の中にちょくちょく彼女についてのものがあったのである。


「しかしながら、そう我々に思わせる作戦かもしれません。信用はなさらない方がよろしいかと」

「まあ、そうですね。もうゲルマニア軍の通信は何が本当か信じられなくなってきました」


 魔導通信で偽情報を流してそれを傍受させているだけかもしれない。この情報を鵜吞みにすることは危険だ。


「マキナ、オステルマン師団長が負傷したような兆候が見られますか?」

「いいえ、特には。機甲旅団は全く動いていませんので、判断は出来ません」

「ですよね……」


 戦況は完全な膠着状態だ。機甲旅団はいまのところただの置物である。これでは指揮官が不在なのかを見極めることなど出来ない。まあこの情報はあまり参考にしない方がいいだろう。


「しかし、雪の影響は確実にありますよね」

「はい。ゲルマニア軍は雪への対処で大きな労力を取られているようです。兵士達には疲労が溜まっていると同時に、塹壕の防御機能も落ちているかと思われます」


 こちらは確実な情報だ。ゲルマニア軍は戦ってもいないのに日に日に疲労している。これはヴェステンラント軍にとって朗報だ。


「雪はまだまだ振り続けるんでしょうか……」

「さあ。それは分かりません」


 天気予報なんてものはこの世界には存在しない。天気は神々の気分次第だ。


「雪がいつ突然止むかは分かりません。となれば、確実に敵が疲弊している今のうちに攻撃を仕掛けるのもありかもしれませんね」

「確かに」


 唐突に雪が止んでゲルマニア軍が回復する可能性も否定は出来ない。であれば、確実に敵が疲弊している今のうちに総攻撃を仕掛けるのは合理的と言えるだろう。


「オステルマン師団長が負傷している可能性があるのなら、最も我々が有利なのは今です。一気呵成に攻め込むとしましょうか」

「はっ。それでは全軍に用意をさせます」


 オステルマン中将の負傷は、ヴェステンラント軍に総攻撃を決意させてしまった。


 ○


 ACU2313 12/4 ベダ


「全軍、進め! 目指すはベダ! 敵を打ち破るのだ!!」


 クロエの主力部隊が総攻撃を仕掛ける中、スカーレット隊長も重騎兵を率い、ゲルマニア軍の機甲旅団に対して突撃を開始した。


「敵軍、回り込んで来ます!」

「やはりそう来るか」


 たちまちゲルマニア軍は重騎兵隊を囲み込むように前方と左右から攻め立てる。ここまでは想定内だ。


「第18機甲旅団とやらは敵の左翼にいる筈だ。全軍、全力で左翼を突破せよ!!」


 オステルマン師団長が負傷しているとの報告を信じ、スカーレット隊長は他の機甲旅団には目もくれず、第18機甲旅団に突撃を掛けた。機甲旅団は全力で迎撃を行うが、やはりオステルマン師団長のような巧みな采配はなかった。


「敵の将軍が負傷したとの報告は正しかったようですな。これなら行けます!」

「そうだな。よし。このまま敵陣に突入せよ!」


 重騎兵は戦車の車列の中に突入した。


「矢を放て! 戦車は側面からなら貫けるぞ!!」

「「おう!!」」


 戦車に横付けした重騎兵は次々に弩を放ち、戦車を撃破していった。戦車の後方の装甲車などは、そもそもどの方向から射撃しても撃破出来る。一度突入を許した時点で、第18機甲旅団の命運は決した。機甲旅団の車両は、たちまち半分に減ってしまう。


「敵が敵ならここで歩兵共が応戦してきたことだろうが、大したことはなかったな」

「ええ。これで我らを阻むものはありません!」

「よし。ベダに突撃せよ!! 敵の将軍を討つ!!」


 ゲルマニア軍の戦車隊を突破した重騎兵隊はベダに向かって進軍。第89機甲旅団を側面から射撃して行動を牽制しつつ、ベダ市内に突入した。ベダにはザイス=インクヴァルト大将を守れる戦力は存在しなかった。

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