エドワードストウの戦いⅡ

「か、閣下!!」

「ハインリヒ……クソッ……」


 左腕が繋がっていた部分から滝のように血を流しながら、オステルマン中将は力なく指揮装甲車の中に転げ落ちた。ヴェッセル幕僚長は彼女を受け止め、必死に応急処置を施した。


「閣下! 閣下!! 目を閉じてはいけません!」

「こいつは、ダメだ……。すまん、な、ハインリヒ……」

「閣下っ!?」


 腕の切断面から装甲車の床を浸すほどの血を流し、彼女の意識はたちまち霧散してしまった。まだ死んだ訳ではないが、助かるかも分からない。


「ば、幕僚長殿……中将閣下が指揮を執ることが出来ない今、ヴェッセル大佐、あなたが我々の指揮官です」

「そ、そうですね…………私が、部隊を引き継がねば」


 席次では二番。実力としてもオステルマン中将に信頼されている彼が第18機甲旅団を引き継ぐのは、誰も疑わないことであった。


「しかし私には、閣下のように部隊を自在に操ることは……」

「敵は来ています! 戦う他に選択肢はありません!」


 オステルマン中将の部下たちは、上官に物申すことも厭わない連中だ。


「……分かった。これより私が指揮を執る。全軍、白兵戦用意! 機関短銃で重騎兵を仕留めるぞ!」


 敵が接近するのを阻止するのは、機甲旅団の火力を以ていても不可能だ。であるならば、最後の手段である白兵戦で重騎兵を葬るしかない。塹壕線では彼らに後れを取ったが、野戦ならば寧ろ、大人数で取り囲んで抹殺することが出来よう。数の利を大いに活かすことが出来るのだ。


 砲撃である程度敵を削ったが、それでも敵の勢いは衰えず、戦車の前線を突破して陣形の内側に侵入した。


「歩兵隊、戦闘開始! 敵を取り囲み、確実に殺害せよ!」


 歩兵隊は機関短銃と携え、重騎兵との戦闘を開始した。1人の重騎兵を30人程度の兵士が取り囲み、一斉に銃弾を浴びせる。普通の魔導兵ならこれで瞬殺であるが、重騎兵はこれでも斃れなかった。各々が弾倉の弾丸を撃ち切る頃に、ようやく重騎兵の魔導装甲も壊れたのである。


「何という硬さだ……。これほどのものをヴェステンラントが……」

「大佐殿! 敵がここに迫っています!」

「何? 迎え撃て!」


 指揮装甲車を感付かれたのだろうか。数人の重騎兵がヴェッセル幕僚長を目指して突撃してきた。装甲車側は機関銃で応戦するが、それでも敵は死んではくれない。


「クッ……指揮装甲車が落ちれば本当に軍が瓦解してしまう……」

「ダメです! 敵が来ます!」

「っ!」


 装甲車の側面から刃が飛び出して来た。それは火花を上げながら円を描き、装甲に穴を穿とうとしているようだ。


「は、白兵戦用意!」


 兵士達は機関短銃を向けた。だが正直言って、ここまで近づかれたらもうどうしようもないだろう。と、その時だった。


「おいおい、負けそうじゃねえか」

「? か、閣下!?」


 オステルマン中将は腕に巻かれた包帯から血を滴らせながら、むくりと起き上がった。


「だ、大丈夫ですか!? いえ、いずれにせよ今は安静に――」

「悪いな。私はお前達の閣下じゃない」

「? と言うことは……閣下の魔法を使う時の人格の――」

「ああ。こうして話すのはほとんど初めてかな。シュルヴィ・オステルマンだ」


 オステルマン中将が魔法を使う時に表出する人格、シュルヴィ。そこまで性格が違う訳でもないのだが、兵を指揮する能力はあまりない。と言うか皆無。


「そ、そうですね。しかし、大変申し訳ないのですが、ジークリンデの方になって頂くことは出来ませんか?」

「あいつは意識が死んでる。暫くは出てこれん。すまんな」

「そうですか……」

「だが、私はいるぞ! お前達に手を貸してやる」


 そう言うとシュルヴィ・オステルマンは真っ赤に焼けた焼きごてを作り出しておもむろに左腕の切断面に当てた。


「ちょ、ちょっと!?」

「傷を塞いだだけだ。さて、じゃあ、やってやろうじゃねえか」


 シュルヴィは彼女専用のリボルバーライフルを壁から突き出た剣に向けて構えた。


「お前達下がってろ。私が片付ける」

「は、はぁ……」


 シュルヴィは敵が装甲を穿つのを待った。そして装甲に穴が開き、黒い魔導装甲が見えた途端、彼女は容赦なく特性の弾丸を叩き込んだ。中に炸薬が詰まっている弾丸は、重歩兵の装甲の上で次々と爆発を起こした。


 爆発力は榴弾と比べればほんの小さいものだが、装甲の直上で爆発が起こると流石に効くらしく、重歩兵はよろよろと引き下がり転倒した。それでも死んでいないのが恐ろしいが。


「よし。そいつを殺せ」

「は、はい!」


 転倒した重歩兵を取り囲み、すかさず機関短銃と機関銃で銃弾の雨を浴びせる。たちまち彼の魔導装甲は耐久の限界を迎え砕け散った。


「な、何とかなりました……。ありがとうございます」

「お前達は私の大切な部下だからな。守るのは当然だろ?」

「は、はぁ……」


 果たして上官の体に宿った別の人格を上官と呼んでいいものか、ヴェッセル幕僚長は暫し考え込んでいた。


「大佐殿! 次が来ます!」

「シュルヴィさん、任せます!」

「任された!」


 ヴェッセル幕僚長は部隊を指揮しなければならない。指揮装甲車の防衛はシュルヴィに任せておけば安心だろう。

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