巴城攻防戦の帰結
ACU2313 11/16 大八洲皇國 宋國 巴城
ガラティア皇帝アリスカンダルと中國の統治者長尾右大將曉が対陣して、およそ一月が経った。
「曉様、楚の軍勢が、冬も近付いて来ました故、自領に帰らせてはくれぬかと願い出ております」
明智日向守は曉にその報告を取り次いだ。
「はぁ? ここで帰るって?」
「はい。彼らの士気は低く、長きに渡る対陣で疲れ切っております。加えて、冬になりますと労力が必要となります」
彼らの兵は精々二千と言ったところだが、鬼道に長けた者は農業や工業などあらゆる分野で重宝される。国にかける負担は決して小さなものではない。
「そのくらい何とかさせなさい。この城から出ることは許さないわ
「どうしてもと申しておりますが」
「知ったことじゃないわよ。私達が勝つまで戦い続けること。反駁することは許さない。以上よ」
「はっ。ではそのように」
それでも貴重な戦力だ。曉にはそれを手放すなど考えられなかった。しかし、楚の兵らは当然その決定を受け入れられなかった。
半刻もしないうちに明智日向守は彼らに関する報告を再び持ってきた。
「曉様、楚の者共が勝手に兵を引き払おうとしています。どうされますか?」
「私の命に逆らおうって?」
「はい。その通りです」
「…………」
楚の軍勢は曉の命令に逆らい、勝手に兵を引き払い始めたのだ。包囲と言っても一切の隙なく囲まれている訳ではなく、逃げようと思えば退路は確保されている。
「私にあくまでも逆らうと言うのなら、容赦はしないわ。楚の軍勢を根切りにしなさい」
曉は凍てついた声で告げた。皆殺しにせよと言うことである。
「それは……容易なことではありますが、本当によろしいのですか? 他の国の者の士気に関わると思われますが」
「……構わないわ。やりなさい。仔細は任せるわ」
「はっ。見せしめとしましょう」
その日、明智日向守は楚の軍勢を急襲し、名だたる将軍数名を殺害して、兵らを自分の指揮下に入れた。流石に皆殺しにすることはなかった。
しかしそれも対症療法に過ぎない。楚に限らず全体の士気が低下していることは誰の目にも明らかだった。
その後数日、諸侯の軍勢は目に見えて士気が落ちていた。
「敵は? 敵の様子はどうなっているの?」
「ガラティア軍は今なお意気軒昂にして、全く退く気はないように存じます」
「地の利はこちらにあるのではなかったの? そう言ったのはあなたでしょう、明智日向守?」
「はい。確かに地の利はこちらにあります。しかしながら、皇帝に直属する精兵と玉石混交の我らとでは、余りにも力の差がありました」
実際、上杉家の兵はまだまだ戦える。疲弊しているのは唐土諸侯の軍勢だ。しかし数の上では半分以上を占める諸侯の軍勢が使い物にならないとなれば、戦いを継続するのは難しい。
「…………だったら、どうすればいい?」
「恐れながら、巴城は捨てるしかありますまい。今なら兵を温存しつつ退くことも叶いましょう」
「平明京を戦火に晒せと言うの?」
「左様です。平明京は天下の要害。籠城するならば、こことは比べ物になりません」
平明京の金陵城は巴城などとは比べ物にならない程に要塞化されている。そこで籠城してガラティア軍を追い返すことは可能だろう。
しかし、都にまで攻め込まれたということ自体が問題なのである。再び諸侯がガラティアや武田に尻尾を振るのは止められないだろう。
「武田もまた南下してきております。都にまで攻め入ってくるとは思えませぬが、いずれにせよ本陣は武田とガラティアの間に構えた方がよろしいかと」
「……それもそうね。敵が退かないなら、ここで籠っている場合でもない」
西と北から強大な敵が迫っているが、曉は西の敵にかかり切りで、武田をほぼ放置している状況である。敵がいつまでも退かないのならば、どこかで京に引き返さなければならない。
「今が潮時、か」
「そのように存じ上げます」
「分かった。巴城は捨てる。都まで下がるわ。急ぎなさい」
「はっ。直ちに」
かくして大八洲勢は巴城を放棄し撤退、曉は敗北した。負けるべくして負けたのだ。
〇
「今回は随分と引き際がよいな。僅かな犠牲で勝利を得られてよかった」
アリスカンダルは巴城に入城した。以前攻め込んだ時は相討ちの覚悟で反撃を受け両軍共に多大な損害を受けたが、今回はかなり少ない犠牲で、しかも唐土の重要拠点を奪取することが出来た。
「恐らく、彼らには余裕がないのでしょう。貴重な戦力を失う訳にはいかず、趨勢が決まった時点で撤退したのかと」
イブラーヒーム内務卿は言った。
「そのようだな。曉は今や、極めて劣勢だ。だが、だからこそ、我々は急がねばならない」
「はい。武田に美味しいところだけを食べられる訳には行きません」
「そうだ。世界の果てを手に入れるのは我々だ。我々でなくてはならない。傷兵を収容し休息を取った後、すぐに出撃するぞ。目指すは大八洲が都、平明京だ」
「はっ!」
アリスカンダルの二色の目は、遥か東の果てだけを見ていた。
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