ベダ決戦Ⅲ
「――なるほど。敵の戦車が大挙して襲い掛かって来たと」
「そのようです。スカーレット隊長は一時後退し、そのお陰で損害は最小限に抑えられたようです」
スカーレット隊長が後退に追い込まれたという報告は真っ先にクロエに届けられた。
「そうですか。自分の判断でよくやってくれました。貴重な重騎兵を失う訳には行きませんからね」
「そのように、スカーレット隊長に伝えておきます」
スカーレット隊長の判断は正しかったと言えるだろう。あのまま戦いを続けていたら秩序が崩壊し、重騎兵に更なる大損害が生じていたところだった。重騎兵の魔導装甲を生産しているのは陰の国であるから細かいことは分からないが、そう大量生産は出来ないだろう。
「さて、戦況は膠着してしまいましたね。重騎兵で穴を開けても向こうの戦車に食い止められるとなると、なかなか戦局を打開するのは難しいです」
現状ではクロエの率いる本隊はゲルマニア軍の塹壕と睨み合っており、そう簡単に動かす訳にはいかない。塹壕線に空いた穴には重騎兵がいるが、これは3個機甲旅団が完全に塞いでおり、実質的には穴を塞がれた状態だ。
全体的に敵味方の戦力は均衡しており、下手に兵を動かした側が負けるだろう。どうやらこの戦いは長期戦になりそうだ。
「取り敢えず、戦車が前に出て来る場合に備え、穴の防御を固めておきましょう。それ以外は、様子見です」
「はっ」
ゲルマニア軍の塹壕線は二つに切断されている。これはヴェステンラント軍にとって突破口となる筈だ。これを奪い返されないように守りを固めつつ、クロエは持久戦に突入することを選んだ。
○
ACU2313 11/19 ブリタンニア共和国 ベダ
ベダ北方の戦闘が膠着してから2日ほど。ヴェステンラント軍もゲルマニア軍の陣地の強化を始め、増々膠着の様相を呈してきた。ザイス=インクヴァルト大将はこの事態に際し、ベダの司令部に諸将を集め再び会議を開いていた。
「閣下、雪は強まるばかりです。兵らの疲れは日に日に溜まっており、長期戦は厳しいかと思われます」
オステルマン中将はザイス=インクヴァルト大将に進言した。早い雪はゲルマニア軍の塹壕を機能不全にするほどではないものの、それを維持する作業と寒さでゲルマニア兵の体力を奪っていた。
それに対してヴェステンラント軍の陣地は基本的に地上に建てた櫓などであり雪の影響をそこまで受けない。更に魔法で暖房も簡単に取れる為、彼らの疲労はゲルマニア軍の数分の一であった。
「なるほど。時間は我々の敵ということか」
「はい。まあそれだけで勝敗が決まるとは思えませんが、動くなら早いうちにと申し添えておきます」
「了解した。考慮しよう。さて諸君、我々は何としてでも敵を撃退しなければならない。何かいい策はあるか?」
ベダはカムロデュルムの手前の最後の防衛線だ。ここで防衛戦を展開するのは危険が大きい。故に敵を北に押し返す必要がある。しかし、そもそもザイス=インクヴァルト大将ですら思い付いていないことをそれ以外の将軍に思い付ける筈もなし。会議は暫く沈黙と現状の確認に終始してしまう。
「それでは……もっと大きな視点で勝利を得るのはどうでしょうか?」
シグルズは言った。彼の頭の中には漠然とした構想が浮かんでいた。
「と言うと?」
「ここベダで勝たなくてもよいのです。ここでは膠着状態を維持しつつ、他の場所で勝利し、ヴェステンラント軍がベダから撤退せざるを得ない状況を作り出します」
「ふむ。もっと詳しく聞かせてくれ」
「はい。具体的には、別動隊をヴェステンラント軍の占領地に送り込み、補給線を切断します。成功すればヴェステンラント軍も取り敢えず、ベダからは撤退せざるを得なくなるでしょう。そうすれば時間を稼げます」
「敵の背後に回り込むか。いい案ではないか」
戦術的な勝利に固執せず、戦略的な勝利を得る。そうすれば総合的には勝てるのである。
「しかしシグルズ君、我々に別動隊を捻出出来るほどの余裕はないぞ。他の戦場でも彼我の戦力は伯仲している。敵の補給を断てるほどの戦力を抽出することは出来ない」
戦力に余剰があるのなら既に使っている。それがないから困っているのである。
「兵力についてはブリタンニア兵を使えばよいかと。と言うより、ブリタンニア兵をベダの防衛に投入し、我が軍が別動隊として敵の後方に浸透すればよいかと考えます」
「ブリタンニア軍は未だ体制が整っていないが、我が軍に組み込むと言うのならば最低限使い物にはなるな。敵から見ても戦力を抽出したことは分かりません」
「なるほど。よい策だ」
ブリタンニア人にゲルマニアの軍服を着せて銃を持たせれば、ゲルマニア人が引き抜かれたことは気付かれないだろう。そうして自由に動かせる戦力を確保した後、反撃に転ずる。これがシグルズの作戦である。
いつ均衡が破れてベダが落とされるとも分からない。今はともかく、ヴェステンラント軍を後退せざるを得ない状況に追い込むのが最優先だ。
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