別動隊出撃

 ACU2313 11/26 ブリタンニア共和国 ベダ


「――それではオステルマン中将、君に6万の兵力を与える。第18機甲旅団と共に別動隊を編成し、敵軍の後方、ノルスウォースへ打撃を与えよ」


 ザイス=インクヴァルト大将はオステルマン中将に出撃を命じた。何とか6万の兵士をブリタンニア兵と置き換え、最低限の別動隊を編成することに成功したのである。


「はっ。いずれも帝国軍の精鋭部隊。このような部隊を指揮させて頂けるのであれば、必ずや任務を成し遂げます」

「うむ。よろしく頼む。別動隊の指揮は君に一任する。危険があれば撤退も作戦の中止も君の裁量で判断してくれたまえ」

「はい。そのようなことはないかと思いますが」


 今回の任務はかなり危険なものだ。貴重な戦力を集めた別動隊が壊滅することだけは避けたいのが、ザイス=インクヴァルト大将の本音であった。


 という訳で、オステルマン中将率いる別動隊はヴェステンラント軍の後方に脅威を与えるべくベダから出撃した。


 ○


 同日。ヴェステンラント軍はそのことを知っていた。しかし対応に難儀していた。


「クロエ様、ゲルマニア軍の通信はおよそ6万の別動隊が出撃したことを示唆しています」

「しかしその様子は私達には確認出来ない、ですか……」


 マキナはオステルマン中将が出撃したことの魔導通信を傍受していたが、実際にはその様子は確認出来ない。そして最大の問題は、その通信を信じていいのかである。


「こんな重要なことを魔導通信で私達に漏らすでしょうか。もしも彼らの通信機でこのことを隠していれば、私達が全く勘付くことが出来ないままにノルスウォースを奪えたと言うのに」


 ゲルマニア軍にはヴェステンラント軍が傍受の出来ない通信手段がある。今回のこともそれを使って秘匿していれば、ヴェステンラント軍に完全な奇襲を掛けることも出来た筈だ。であるのに魔導通信を使っていることを、クロエは訝しんでいた。


「今やゲルマニア軍は私達が傍受する情報を制御することが出来ます。となれば、これは私達を撤退させることを目的とした偽情報かと推測されます」

「そうですね……。私もその公算が高いと思います」


 本当に後方にゲルマニアの別動隊が向かっているのなら、ヴェステンラント軍は少なくとも迎撃の戦力を後方に向かわせないといけない。それを狙った偽情報であると、クロエは判断した。実際、ここまでの情報からの推測としては、決して間違ったものではない。


「それでは念の為に偵察隊くらいは向かわせておくとしましょう」

「はい。それで十分かと」


 クロエは数十名程度の偵察隊を向かわせるだけであった。しかしそれで納まらない魔女がいた。


『姉貴! 敵がノルスウォースに向かってるんだろう? だったら叩き潰すしかない!』

「ノエル……だから言っているでしょう。隠そうと思えば隠せることをゲルマニア軍が漏らすとは考えにくいと」


 ベダの戦線を主戦線とするのならば副戦線全体を指揮する赤の魔女ノエルは、クロエから話を聞くと真っ先に攻撃を訴えた。


『ゲルマニアの通信が本当でも嘘でも、部隊を遣った方がいいだろう? 騙されてたってなら、それで終わりでいいじゃないか』

「では、そのせいで貴重な戦力を前線から引き抜くことについては、どうするんですか?」

『大丈夫だ。少々兵を引き抜いたとこで、奴らが攻め込んで来ることはない』

「何の根拠があって……」

『これまで戦ってきた勘だ!』

「はぁ……」


 とは言え、ノエルの言葉にも一理はあった。ベダ以外の戦線のゲルマニア軍は現状維持が最優先であり、わざわざ反撃を喰らい危険を侵してまで攻撃を仕掛けて来る可能性は低い。であれば、戦力を減らしても問題はないかもしれない、


『私達は行かせてもらいたいんだけど、どうする? 決めるのは姉貴だ』

「……分かりました。好きにしてください」

『おうよ! じゃあ行ってくる!』


 かくしてノエルもまた、前線から部隊を抽出して出撃した。ザイス=インクヴァルト大将の策略は彼女の単純さによって破られてしまったのである。


 ○


 ACU2313 11/29 ブリタンニア共和国北部


 オステルマン中将率いる別動隊はヴェステンラント軍が進攻してきた道の西の道を順調に北上し、ノルスウォースへ一気に迫っていた。


「今のところは、敵と遭遇しないな……」

「そうですね。敵は我々が本当に攻め込んでいるとは思っていないようです」


 ハインリヒ・ヴェッセル幕僚長は言う。ザイス=インクヴァルト大将の情報撹乱が成功しヴェステンラント軍は別動隊の存在を信じていないと、彼は判断していた。しかしながら、敵は突然現れる。


「っ、閣下! 敵です! 西から敵が多数、接近しています!」

「西? 本当か!?」


 魔導探知機が別動隊を目指して一直線に進軍する多数の魔導兵の存在を捉えた。既に別動隊は敵に発見されており、迷いなく攻撃を仕掛けて来たのだろう。


「間違いありません! 敵はおよそ1万!」

「そこまで多くはないか……。全軍戦闘配置! 敵を迎え撃つぞ!」


 戦車と装甲車は陣形を整えた。敵に重騎兵がいることを想定し、戦車の正面装甲で全軍を守る体勢である。

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