決戦へ
ACU2313 11/12 ブリタンニア共和国北部
「おや、雪ですね」
「はい、クロエ様」
カムロデュルム目指して順調に進軍を続けるヴェステンラント軍。だが今年は雪が降り始めるのが早いらしい。パラパラと彼らの頭上に降り始めた雪は、どんどん強くなってきた。
「雪が降り始めるのは想定外でしたが……マキナ、何か悪影響はありますか?」
「補給が多少滞ることが予想されますが、大きな問題ではないかと」
人間の頭数としてはゲルマニア軍の10分の1程度であり、エスペラニウムさえあれば継戦が可能な魔導兵は、少ない補給で動き続けることが出来る。補給線への影響は限定的だ。
「そうですか。それではこのまま進攻を続けましょう」
「はっ」
カムロデュルムへの道程は既に半分を踏破している。ヴェステンラント軍にはまだまだ止まる気はない。
〇
ACU2313 11/12 ブリタンニア共和国 ベダ
一方その頃、雪の被害を受けているのはゲルマニア軍の方であった。
「雪か……。下手したら塹壕が使い物にならなくなるぞ」
塹壕掘りを指揮するシグルズは呟いた。ルシタニアでも雪はそこそこ降ったが、長年に渡って使われた塹壕は排水機能を完備し、雪程度では揺るがないものであった。
しかしここに築いている塹壕はとにかく長さだけを用意しているものであり、そのような必ずしも必要ではない機能は付けていない。それが早めの雪のせいで完全に裏目に出た形となった。
「ど、どうしましょうか……」
ヴェロニカも、たちまち塹壕の中に積もっていく雪を見つめながら声を震わせていた。
「まあ、毎日ちゃんと雪掻きするしかないね。とは言え、ヴェステンラント軍とぶつかる時に雪が降っていたら最悪だ」
「ですよね……」
塹壕を強化している暇はない。ブリタンニア軍にも手伝ってもらっているが、それでも人手が足りないというのが現状だ。
「まあ、ここで不安がっていても仕方ない。その時はその時だ」
「は、はい」
決戦の準備は着々と整っている。
〇
ACU2313 11/17 ブリタンニア共和国 ベダ
「シグルズ様、偵察部隊より報告! 進軍する敵騎兵隊を発見しました!」
第88機構旅団の面々が集まる指揮装甲車で、ヴェロニカは通信を受け取った。ついに敵がここまで到達したのだ。
「本当に神速と言ったところだな。そして雪が降っている」
「状況は悪いですね……。やはり塹壕は雪に脆弱なようです」
「僕達の足も鈍る。せっかくブリタンニアを守ろうとしているのに、この大地に牙を剥かれるとは思わなかったね」
「確かに、言われてみればそうですね」
悪天候は普通防衛側に有利に働くものだが、この戦争では真逆であった。
「あ、シグルズ様、ザイス=インクヴァルト大将より通信です」
「閣下から?」
今回の防衛戦はザイス=インクヴァルト大将が直接指揮する。ゲルマニア軍としてはどうしても負けられない大一番なのだ。
「はい。こちら第88機甲旅団、ハーケンブルク少将です」
『ああ。取り立てて要件がある訳ではないのだが、今回の作戦は機甲旅団が鍵だ。そして機甲旅団の指揮は各々の司令官に一任されている。何を言いたいかは分かるな?』
機甲旅団は独立性の高い部隊だ。その行動の細かなところまでザイス=インクヴァルト大将が指示することは出来ない。
「勝敗は僕達次第ということですね」
『その通りだ。期待しているぞ』
「はっ。必ずや敵を撃退して見せます」
『それでよい。では武運を祈る』
特に中身のない通信は終わった。
「わざわざ激励してくるなど、大将閣下らしくない。今回の作戦は厳しいのだろうな」
話を聞いてオーレンドルフ幕僚長は言った。ザイス=インクヴァルト大将はこんな非生産的なことに時間を費やす人ではない筈なのだが、そうでもしなければ不安になるくらいには作戦がギリギリなのだろう。
「我々に勝敗が掛かっているのだ。気張ろう、師団長殿」
「一応ヒルデグント大佐とオステルマン師団長もそうなんだけど」
「我々が戦車運用の第一人者だ。彼女らに助けられる訳にはいかんだろう」
「まあな。頑張ろう」
○
数時間後。ヴェステンラント軍はベダの防衛線を目前に布陣していた。
「ほう。なかなか立派な防衛線が敷いてありますね」
「はい、クロエ様。急ごしらえのようではありますが」
「そうなんですか?」
「ルシタニア戦線で確認された塹壕よりはかなり構造が雑なようです。ほとんど地面に溝を掘っただけのように見受けられます」
「それに雪も降り積もりに任せているようです。私達の脅威ではありませんね」
「くれぐれも油断はなさらないよう」
ゲルマニア軍の最高級の防衛線も簡単に壊滅させた重騎兵だ。この程度の簡易な陣地ならば簡単に突破出来るに違いない。
「それではスカーレット隊長、一番槍を任せます。敵の塹壕を食い破って下さい」
「はっ! お任せください!」
クロエは黒い鎧を纏ったスカーレット隊長に命令を下した。
「しかし……この鎧は慣れません。鎧なしで出撃するのはダメですか?」
「ダメです。あなたが狙い撃ちされるだけですから」
「――はい。それでは敵を蹴散らして参ります」
スカーレット隊長は慣れないし気に入らない鎧を着て出撃した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます