ヴェステンラントの進軍

 ACU2313 10/26 ブリタンニア共和国 カールレイア


「重騎兵はいいですね。これまでの私達とはまるで違います」

「はい、クロエ様。加えて現地人の協力を得られ、後方の安全が確保されているのも大きいでしょう」


 マキナは特に何の感慨もなさそうに応えた。


「国王も使いようですね」


 ヴェステンラント軍は破竹の勢いで南下を続け、ノルスウォースから南に20キロパッススほどの要衝カールレイアを落とすことに成功した。


「この戦争が始まった頃を思い出しますね」

「現下の力関係はそのように思えます」


 重騎兵の威力は敵味方共に認める圧倒的なものである。ゲルマニア軍の些細な抵抗を尽く粉砕し、その拠点を次々と陥落させている。それはこの戦争が始まった当初、電光石火の侵攻でブリタンニアとルシタニアの半分を制圧した頃を思い出させる。


「最初は本気ではなかったですが、行けるかもしれませんね」

「カムロデュルム……ですか」


 スカーレット隊長は緊張した声で言った。


「ええ。このままの調子が続けば、案外簡単に行けるかもしれません」

「そうです。敵は防衛戦を食い破られ、大いに混乱しているのです! このまま進軍を休めなければ、カムロデュルムを再び我らのものとすることも、不可能ではありません!」

「ええ、はい。そういうことです」


 クロエとしても重騎兵がここまでの戦力になるとは思っていなかった。最初はカムロデュルムにまた攻め込むなど無理だと思っていたが、ここまでの快勝ぶりを見るに、それも不可能ではないと思っている。


「とは言え、ノエルは前にそれをして壊滅的な損害を被っています。一部だけを余りにも突出させるのは、得策とは言えないでしょう」

「そ、それはそうかもしれませんが……」


 かつて赤の魔女ノエルはゲルマニア軍の防衛線を強行突破し、帝都ブルグンテンへ大胆な攻撃を仕掛けた。しかし、ブルグンテンにまで到達することには成功したが、結局はブルグンテンで撃退され、僅かな生き残りと共に逃げ帰る羽目になった。


 針のような突出部で敵の首都を突こうなどというのは、机上の空論と言うべきだろう。


「何はともあれ、敵が混乱しているこの好機を活かさない手はありません。まだまだ私達は前進します。と同時に、ノエルにも攻勢を頼んでおいてください」


 ノエル率いる普通の魔導兵にも攻撃を仕掛けさせることで、ゲルマニア軍が兵力を再配置するのを妨害する。クロエはあくまで慎重に、ゲルマニア軍の防衛線を食い破ろうとしていた。


 ○


 ACU2313 10/26 ブリタンニア共和国 首都カムロデュルム


「カールレイアが落ちた、か」

「は、はい。たった今、カールレイア守備隊が降伏したとのことです」


 前線司令部のザイス=インクヴァルト大将にはその報告がいち早く入った。しかし今度の彼には動揺する様子はなく、ゆったりと葉巻を加えながら報告を聞いていた。


「か、閣下……?」

「敵の戦力は強大だ。普通の守備隊や塹壕では相手にならない。カールレイアが落ちることは分かっていた。全ては時間稼ぎだ」

「は、はぁ……」

「だがそれよりも重要なのは、情報だ。連中と交戦したのだろう? 当然、敵の能力について情報があるのだろうな?」

「は、はい。閣下からのご命令通り、最優先で敵の情報が届けられております。こちらに纏めてありますので、ご確認を」


 伝令の兵士は数枚の紙束をザイス=インクヴァルト大将に手渡した。そこには黒い騎兵と交戦した際の敵味方の被害状況、消耗した弾薬などが事細かに書かれている。ザイス=インクヴァルト大将はそれを読み終わると不敵な笑みを浮かべた。


「これはよい。カールレイア守備隊は私の命令以上の仕事をしてくれた」

「そ、それなら何よりです……」

「情報は概ね揃った。どれだけ強大な敵であろうと、最後に立っているのは情報を制した者だ」

「あ、あの……他にご用はありますでしょうか?」

「帰ってよいぞ。ご苦労」


 そしてザイス=インクヴァルト大将は早速、諸将を集めて会議を開く。


 ○


「諸君、まず、敵の戦略目標は明らかに、ここカムロデュルムにあると推定される。敵が今回の攻勢でカムロデュルムにまで攻め込んで来るかは不明だが、敵の進路はカムロデュルムに向かう街道から大きく外れないと推測される」


 ザイス=インクヴァルト大将は師団長達の前でそう言い放った。今のところ全く太刀打ちの出来ていない軍団がここを目指しているとなれば、彼らも少々ざわめかざるを得なかった。


「それに加えて、敵はやはり我々の武器に対抗する為に創設された部隊であるようだ。正面にいる数はおよそ八千。後方にも二千程度の予備部隊が控えていると思われる。我々の銃弾はほぼ通用せず、奴らに直接榴弾を当てでもしない限り、奴らを撃破することは不可能なようだ」

「それはまた……困ったことになりましたね」


 オステルマン師団長はあまり深刻そうではなかった。


「ああ。そして敵がこのまま攻撃を続ければ、遅くとも1ヶ月後にはカムロデュルムに到達するだろう。残念ながらライラ所長の対人焼夷弾は間に合いそうもない。故に、我々は現有戦力のみで、これを最低でも足止めしなければならない。これが我々の戦略目標だ」


 なさねばならないことは至極単純だ。この首都を守らねばならない。だがその手段は問題である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る