開戦以来の衝撃

 ACU2313 10/21 ブリタンニア共和国 首都カムロデュルム 西部方面軍前線司令部


「――その報告を、信じてよいのだな?」


 ザイス=インクヴァルト大将は通信機の前で深刻な顔をして、大真面目に報告を聞いていた。どんな状況でも楽しそうな彼がそんな表情をしているのは珍しい。相手は当然、第89機甲旅団のヒルデグント・フォン・カルテンブルンナー大佐である。


『はい。間違いありません。敵は我々の想定を遥かに超えた装備を整えたようです。私達が確認した数は二千程度。とは言え、ノルスウォースの防衛線が壊滅させられていましたから、実際の数はもっと多いかと思われます』

「ノルスウォース以外ではこれまでの魔導兵しか確認されていない。敵の全てがその新装備を持っているとは思えないが、情報が必要だな」


 ノルスウォース守備隊は一瞬で壊滅した為、敵がどれほどの数だったのかは不明だ。まずはこれを確定させなければマトモに戦争することは出来ない。


『はい。我々第89機甲旅団は引き続き情報を収集致します』

「頼む。いかなる作戦を立てるにしても情報は多ければ多いほどよい。但し、君達に壊滅されては困る。無茶はしないでくれたまえ」

『分かりました。情報収集に注力します』

「では、また無事に話せることを祈っている」


 機甲旅団の兵士は戦車の扱いに熟達している。これが失われるのは単に数千人の兵士が失われるだけに留まらない。


 取り敢えず、今のところは情報が少な過ぎる。ヒルデグント大佐には情報を集めてもらうことにしよう。


「ふむ……。戦車ですら手に余る魔導兵か。対空機関砲で撃ち落とせる魔女どもより脅威だ。我が軍の天敵ではないか」


 ゲルマニア軍の戦術を正面突破出来る魔導装甲。敵の発想は単純であるが故に、対処方法を見つけ出すのは難しい。


「まあよい。ここはいつも通り、シグルズとライラ所長に意見を尋ねるとしよう」


 ○


 その日すぐ、カムロデュルムにすぐに集まれる者を集めて緊急の会議が開かれた。


「――という訳だ。シグルズ、何かいい案はあるかな?」

「そう言われましても……少々考える時間を下さい」

「君にしては珍しいではないか」


 別に勿体ぶっているとかではなく、シグルズは本当に困っていた。


 この状況を地球の歴史と比べれば、おおよそ敵方にも戦車が登場した時と言えるだろう。そして地球であれば戦車と戦車が戦い始め、双方の性能が爆発的に向上していくことだろう。


 だが一つだけ、極めて重大な差がある。それは敵の魔導兵が戦車と比べれば極めて小さいことである。これは重大な問題だ。地球の対戦車兵器は全て、目標が巨大であることを当然の前提にしている。つまり人間大のものを精確に狙い撃つのはほぼ不可能なのだ。


 戦車の戦闘能力が人間の大きさの中に詰め込まれている。これを撃破するのは22世紀の武器でも困難である。


「――そうか。それは困ったな」

「ええ……では、火薬特盛りの榴弾はどうでしょうか? 奴らの魔導装甲にも通じるように」


 榴弾の破片効果がまるで効果がないのは今まで通りだが、重装騎兵は爆風効果もかなり無効化しているようだ。だが爆発力を十分に上げれば重装騎兵を殺せるほどの爆風効果を得られるだろう。


「うーん、それをするなら砲弾をおっきくしないといけないから、戦車だと主砲ごと作り変える必要があるね」


 三角帽子を被った絵に描いた魔女のような女性、帝国第一造兵廠のライラ所長は言った。


「ですよね……」

「それでは時間がかかり過ぎるな」

「えーと、ヒルデグント大佐は火炎放射器で敵を撃退したんでしょう? だったらそれを利用したらいいんじゃないかな?」

「ふむ。確かにそうだ。火炎放射器以外の武器はほとんど効果がなかったと報告が上がっている」

「うん、そうだよね」


 熱で焼き殺すと言うのが、銃弾で貫けない重装騎兵を殺す唯一の現実的な手段である。


「しかし、火炎放射器は射程が短い。向こうから攻め込んで来れば使えなくはないが、こちらから攻め込む時に使うのは不可能だ。戦術の幅は非常に狭いと言わざるを得ないな」


 向こうから近寄って来てくれないと火炎放射器は使えない。重装騎兵の攻撃を凌ぐのには使えるが、反撃の能力がないのならジリ貧になるだけだ。


「それとも、火炎放射器の射程を榴弾砲並みに伸ばすことが出来るのか?」

「それは無理だね。あれは燃料を噴き出してそれに火を付けるものだから」

「ではどうする?」

「あ、それは何も考えてない」

「……そうか。だが確かに、その方針で考えるのがよさそうだ。そうなったらシグルズ、何かいい案はあるか?」

「であれば……焼夷弾を小型化して榴弾にするというのはどうでしょうか? まあ開発に時間はかかるでしょうが、先程の案よりはマシな筈です」

「ふむ。それは確かに良い策だ。緊急の措置としては十分だろう」


 粘性の高い燃料を撒き散らして周辺のものを燃やし尽くす焼夷弾。それを小型化出来れば、魔導兵に燃料をぶちまけて焼き殺す砲弾が作れそうだ。


「ライラ所長、どう思う?」

「不可能じゃないね。どう頑張っても量産を始めるのは一ヶ月後くらいになるけど」

「十分な早さだ」


 戦車砲の対人焼夷弾というのが今のところの最有力案だ。

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