重騎兵Ⅱ

「こ、これは、本当に何がどうなっているんでしょうか……」


 塹壕に到着したヒルデグント大佐が見たのは、死体と投げ捨てられた銃、乗り捨てられ撃破された戦車だけが転がる、死に満ちた空間であった。


「わ、我が軍がこんなことに……」

「大軍が動いたならば察知出来る筈です。少数の部隊でこの防衛線を壊滅させたと言うのですか……」

「大佐殿! 敵です! 東より敵が来ました!」

「その敵がこれを……。全軍戦闘用意! 敵は強力な部隊です。弾を惜しむ必要はありません!」


 魔導探知機で敵の接近を知ったヒルデグント大佐はすぐに戦闘態勢を整えさせる。戦車の主砲を東に回転させ、装甲車の機関銃や迫撃砲は全て東に向けられた。


「黒い鎧の騎兵……」

「何とも禍々しい見た目ですな……」

「確かに。ですが私達のやることは変わりません! 総員、攻撃開始!」


 戦車の主砲、榴弾砲は火を噴き、迫撃砲も榴弾を敵の真上から降り注ぐ。数百の爆発が黒い騎兵を襲い、彼らの姿は爆炎によってたちまち見えなくなった。しかし、次の瞬間には彼らは煙の中から姿を現し、悠々と突撃を続行した。


「榴弾が効かない……いえ、全く効いていない訳ではないようですが、これまでの魔導兵とあまりにも耐久力が違いますね」

「ヴェステンラント軍の全てがこんなものに置き換われば、我々は勝てませんよ……」

「確かに強力な相手ですが、こちらの防御力はそれ以上です。装甲車に籠っていれば――え」


 そう言った瞬間、ヒルデグント大佐の目の前の戦車の後部が爆発し、たちまち炎に包まれた。高温の魔導弩砲で貫かれた時と全く同じやられ方だった。


「弩砲ですか? 弩砲は確認出来ましたか!?」

「い、いいえ! それらしい魔導反応は確認出来ませんでした!」

「馬鹿な……。ついに、この日が来てしまいましたか。敵の歩兵が戦車を貫く武器を持つ日が」

「そ、そんなことが……?」

「ヴェステンラント軍が戦車の前に指を咥えているとは思えません。あれほどの鎧を新たに設計したのならば、武器も新調していておかしくない」


 弩砲は確認出来なかったし、ゲルマニア軍の陣地であるここに短時間で運び込めるものではない。であれば可能性は一つ。敵が戦車の装甲をも貫く新たな武器を開発し配備したということだ。


「そ、それでは、あれはまるっきり戦車ではありませんか」

「ええ、そうですね。私達はあれを敵の戦車と考えて対応すべきなようです」

「敵の戦車……本当にそんなことが……」


 銃弾も砲弾も寄せ付けない圧倒的な装甲。戦車の厚い装甲を貫く圧倒的な火力。そえれはヴェステンラント軍の戦車と呼んでも差し支えなかろう。


「せ、戦車の相手など、どうすれば……」

「私に聞かれても分かりませんよ。しかし最善の努力はしましょう。戦車隊、敵に正車体正面を向けてください。装甲車は戦車の後ろに後退! 急ぎなさい!」


 戦車には左右の動輪を逆方向に回すことでその場で車体の向きを変えられる、超信地旋回というものがある。砲塔を敵に向けるのではなく、車体そのものを敵に向けた。そして装甲車はその後ろに隠れる。陣形転換の間にも数両がやられたが、仕方あるまい。


 そして陣形を変更したところ、戦車が撃破されることはピタリとなくなった。


「これに一体何の意味が……」

「戦車は真正面の装甲が一番厚く造られています。正面装甲なら耐えられると踏みましたが、どうやら賭けには勝ったようですね」


 これまでは装甲車の装甲で十分であった。それにも拘わらず戦車の装甲を厚くしたり場所によって装甲の厚さを変えたりしていたのは、全くの無意味であった。今日までは。今こそその重装甲が意味をなす。


 戦車はそもそもシグルズが持ち込んだもので、既に対戦車戦闘にも対応しているのである。


「し、しかし敵はすぐ目の前です!」

「あえて引き付けたんですよ。火炎放射です! 燃料は気にせず、敵を焼き払いなさい!」


 榴弾による衝撃が通用しないのならば、親衛隊の十八番である火炎放射で焼き殺すまで。たちまち巨大な炎の壁がヴェステンラント騎兵とゲルマニア軍の間を遮った。


「敵を近寄せてはなりません! 放射し続けてください!」

「そ、そんなに長時間撃ち続ければ、砲身がダメになります!」

「構いません! 続けなさい!」


 戦車の砲口が赤熱する。ヴェステンラント軍は炎の向こうから弩を撃ち続ける。少なくとも彼らは炎には近づけないようだ。


「使用限界に達しました!」


 ライラ所長が稼働することを保証している時間は過ぎた。後はいつ壊れても仕方がない。


「クッ……まだ、敵が……」

「た、大佐殿! 敵が退いていきます!」

「何とか、耐えたようですね。はぁ……」


 ヒルデグント大佐はすっかり脱力して机の上に体を投げ出した。


「た、大佐殿……」

「少し休息を取りましょう。話はその後です」


 未知の敵を前にして何とか生き延びることが出来た。ほんの10分程度の戦いであったが、死の恐怖の緊張に晒されていた第89機甲旅団は疲れ果てていた。


「…………さて、私達は何とかなりましたが、こんな幸運がいつまで続くか分かりません。あの重騎兵に対抗する手段を考えなければなりませんね」

「はい。これは大変なことになりましたね……」


 彼女は勝ったが、ノルスウォース守備隊は壊滅している。ここは放棄し、防衛線は後退を余儀なくされたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る