重騎兵

 ノルスウォース守備隊を指揮しているのは、古株の第9師団を率いるコッセル少将である。彼は敵襲の報告を受けるや前線に飛び出し、第89機甲旅団を除く全軍を防衛線に投入した。


 ヒルデグント大佐の機甲旅団は防衛戦が突破された時の火消し役である。小規模ながら戦車の運用をよく理解した合理的な采配と言えるだろう。


「少将閣下。ご報告します。敵の戦力はおよそ一万。騎兵がそのうち半分程度を占めています」

「騎兵が多いな……。本気でここを突破する気なのか。だがそうはさせん! 砲兵隊及び戦車隊、砲撃を開始せよ!」


 攻勢では活躍出来ない大砲も、防衛戦では大いに活躍の機会がある。重砲と戦車は迫りくる黒い鎧の騎兵に砲撃を開始した。とても会話が成り立たないような轟音の後、数秒の間を開けて騎兵は炎と土煙に包まれた。


「やったか……」

「い、いいえ! 敵はほとんど傷を負っていません!」

「何!? こ、これほどの砲火を喰らって動けるだと……?」


 騎兵は爆炎を潜り抜け、全速力で突撃を始めた。脱落した者はほんの数十人程度であるようだった。


「ほ、砲撃を続けよ! 敵を通すな!」

「はいっ!」


 ゲルマニア軍は全力を賭して砲撃を行った。重砲を限界まで酷使するなど、戦争の初期にしかなかったことだ。しかしそんな懸命な努力も、黒い騎兵には全く通用しなかった。


「て、敵が来ます!」

「見れば分かる! 総員、撃ち方始めっ!!」


 敵は重砲をものともしない恐ろしい存在だ。だから銃弾が効くかは分からないが、とにかく今は撃つしかない。塹壕戦の中から機関銃と小銃が火を噴き、騎兵に数十万の銃弾を叩きつける。


 弾丸は弾き返された。だがそこまではいつものこと。数十発を当てれば魔導装甲も限界を迎えて穴が開く。いつもならそうなる筈だったが――


「な、何が起こっているんだ……。奴らは不死身か……?」

「そ、そうかもしれませんね……ははっ……」


 銃弾は全く通用しなかった。まるで戦車を相手に銃弾で射撃を繰り返しているようだ。焦りと恐怖で統制が乱れていく。彼らには為す術が残されていなかった。


「て、敵のいくらかは、見たことのない武器を持っているようです!」

「見たことのない武器だと……?」

「大きな弩のようです」

「一体何がどうなっているんだ……」

「ここはもうダメです! 少々閣下! お逃げください!」

「ば、馬鹿な、逃げるだと……?」

「兵士達ももう持ちません!」


 塹壕戦はゲルマニア軍の必勝の戦術の筈だった。それが今、いとも簡単に突破されようとしている。無数の銃弾を受けても怯みすらしない騎兵に、兵士達はついに限界に達し、塹壕から逃げ出し始めた。


「待て! 逃げるな! 持ち場を守れ!!」

「最早、無意味です。我が軍は崩壊しつつあります……」

「早くお逃げを!」

「何と、何ということだ……」


 コッセル少将も最早防衛線を維持することが不可能と察し、装甲車に乗って敗走を始めた。兵士達もまた、全く秩序を失って、方々に散り散りになっていた。塹壕線はあっという間にヴェステンラント軍に制圧され、予備の塹壕線で体制を整えることすら、今や不可能になってしまっていた。


「と、とにかく、ザイス=インクヴァルト大将に状況を報告し、後方の拠点に合流しよう。急げ!」

「はい! 直ちに!」


 この危機的な状況はすぐさまザイス=インクヴァルト大将の知るところとなった。しかし今度はコッセル少将の許に悪夢が迫る。


「閣下! 前方に敵です! 回り込まれました!」

「も、問題ない。このまま突っ切れ!」


 装甲車ならば騎兵程度に足止めされることはない。その筈だった。しかし――


「お、大型の弩がこっちに!」

「そ、それがどうし――っ!?」


 次の瞬間、装甲車は爆発炎上した。装甲車に乗り込んでいた少将や幕僚達は一人残らず一瞬にして爆死し、ノルスウォースの指揮系統は完全に崩壊した。


 ○


「前線の状況は? どうなっているのですか!?」


 何の命令も受けてはいないが、ヒルデグント大佐は何かただならぬことが起こっているのをすぐに感じ取った。


「そ、それが、どことも通信が繋がりません!」

「コッセル少将ともですか!?」

「はい! こちらから呼び掛けても応答がありません!」

「これは……どうすれば……」


 ヒルデグント大佐にはただの一度も経験したことのない状況だ。まるで何もない砂漠にいきなり放り出されたような状況である。


「大佐殿、ご命令を!」

「め、命令と言われても……戦況が把握出来ない以上は……」

「大佐殿、この状況を説明する方法は2つしかありません。我が軍の通信網が何らかの手段で遮蔽されたか、或いは前線部隊が通信も出来ないほどに混乱しているか、です」

「え、ええ、そうですね」


 それならば、選択肢は一つしかない。


「……我々は防衛線まで前進します! 総員、全速前進!」


 前者であればただ何事もなく終わる。後者であれば前線は今すぐに救援が必要な状況だ。であれば、今は前線に駆けつける以外の選択肢はあり得ない。


 機甲旅団は全軍が戦車または装甲車で機械化された部隊である。歩兵を含んだ普通の師団とは展開速度が違う。彼らはたちまち前線に到着した。

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