第四十五章 ヴェステンラントの逆襲

ブリタンニアの戦況

 ACU2313 10/20 ブリタンニア共和国 首都カムロデュルム


 西部方面軍のザイス=インクヴァルト大将は西部方面軍の司令部をカムロデュルムに移した。カムロデュルムの安全が確保されたこと、ゲルマニア軍が手を緩める気はないことを内外に知らしめる為だ。


「――単刀直入に言おう、ザウケル労働大臣、ブリタンニアにはまだまだ武器が必要だ。もっと大量の武器弾薬を輸送してもらうことは出来ないか?」


 ザイス=インクヴァルト大将は帝都のザウケル労働大臣、或いはクリスティーナ所長に苦情の通信をしていた。例え帝国本土に物資と兵士が腐るほどあったとしても、ブリタンニアで実際に戦えるのは海上輸送能力が許す分だけである。


 つまるところ、ブリタンニア島に展開可能な兵力は海上輸送を担うクリスティーナ所長が握っているということだ。


『いいえ、無理ですね。既に生産した武器弾薬は全力で運んでいます。これ以上は根本的に輸送船を増やさないと無理です』

「では船を増やせはしないか?」

『旧式の木造船でも建造するのに数か月はかかるんです。そう簡単には増やせませんよ。それに、海軍が戦艦を建造しているせいで、帝国の造船能力は常に圧迫されています。文句を言うなら海軍に言ってください』

「ブリュッヒャーとプリンツ・オイゲンか。まったく、シュトライヒャー提督も、あんなデカブツを2隻も同時に建造するなど無理があろうに」


 建国期の英雄ブリュッヒャー公とオイゲン大公に因んだ名前を持つアトミラール・ヒッパーの同型艦が現在建造中である。22世紀の視点から見るとほんの中型艦であるが、ゲルマニアにとっては国家予算を圧迫する大きな負担である。とは言え、たった一隻の戦艦に海軍力を頼り切りなどという状況よりはまだ健全だ。


『まあそういう訳です。制海権は握れても輸送船がなければ意味ないですよね』

「それが分かっているのなら、せめてプリンツ・オイゲンの建造は中止させてはくれないのか?」

『えー、あー、その、やっぱり途中で建造を取り止めるのは可哀そうじゃありませんか……?』

「ふむ。私はその気持ちにはならないが、君の気持ちを理解は出来る」

『そういう訳でして、それに多くの鋼材が既に加工済みでして、退くに退けないんですよね』


 アトミラール・ヒッパーを建造した経験から、工期を短縮する為、艦体の各部を別々の造船所や工廠で造り、最後に造船所で一気に組み立てるという方法を取っている。既に多くの資源を使ってしまっている手前、後には退きにくいのである。


「そちらの状況は分かった。であれば、別の方法を試すとしよう」

『別の方法?』

「ブリタンニアに可能な限り船を供与してもらう。加えて造船を委託する」

『なるほど。技術力はともなく、帆船ならブリタンニアの方が優れてますからね』


 ブリタンニアの造船能力は今でも優れたものだ。製鉄や金属加工の技術がなく甲鉄船などは造れないが、ゲルマニアが技術を供与すればきっとすぐに大量生産を始めるだろう。


「本土の状況は理解した。こちらで手は打っておく。何か頼みたいことがあったらまた連絡する。その時はよろしく頼む」

『はい、分かりました。それではまた』


 帝国の生産能力はそろそろ限界に達しつつある。だが、解放したルシタニアやブリタンニアの生産力は決して捨てたものではない。これからは銃弾などの簡単に作れるものは両国に委託していくかもしれない。


 ザイス=インクヴァルト大将は早速クロムウェル護国卿に協力要請を出した。護国卿は難色を示したが、ゲルマニアに協力しなかったせいで負けるなど愚の骨頂と説得し、協力を取り付けることに成功した。


 ○


 ACU2313 10/25 ブリタンニア共和国 ノルスウォース


 カムロデュルムから北におよそ100キロパッスス、ブリタンニア共和国が統治する領域の北限にあり、この戦争の最前線となるノルスウォースの地。古くから軍事的に重んじられていたこの地には、10万規模のゲルマニア軍と1万5千程度のブリタンニア軍が配置されていた。


 またここには通常の師団と共にヒルデグント大佐率いる第89機甲旅団も配置されており、守りは万全の体制である。


「――しかし、他の師団長が少将だと言うのに、私だけ大佐というのは居心地が悪いですね」

「それは……仕方ありませんかと。大佐殿はかなりの特例で師団長と同等の部隊を指揮しておられるのですから、地位まで同じになると他の方々との軋轢が……」

「分かっていますよ。これが寧ろ私の為の措置であることも」


 親衛隊での経験はあるがゲルマニア軍での経験は皆無である彼女がいきなり少将に補されれば、他の師団長から大いに顰蹙を買うことは間違いない。それで済めばよいが、色々と実害が生じることもあり得なくはない。


「そ、そうでしたか」

「ただの愚痴です。とは言え、私だけ地位が低いのも低いので実害がありますが」

「そうですね……。どうしても提言がしにくいものです。大将閣下がおられればまだいいのですが」


 他の部隊との連携が上手くいかないのは問題だ。ザイス=インクヴァルト大将はならばそこら辺は何とかしてくれたが、彼はここにはいない。と、その時だった。


「大佐殿! 敵襲です!」

「おや、珍しい」


 ノルスウォースはヴェステンラント軍の攻撃を受けた。

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