巴城攻防戦Ⅲ

「西戎の兵など、我ら武士の敵ではない! 我らの城を侵す者、尽く斬り捨てよ!!」


 明智日向守率いる精鋭部隊はガラティア軍の長槍部隊に真正面から激突した。ファランクスは広大な戦場での野戦を前提としたものであり、このような狭い場所での戦闘には全く不向きであった。


 それをガラティア皇帝が理解出来ない筈もないのに、ガラティア軍は陣形を一向に変える気がない。それを訝しみつつも、明智日向守に眼前の敵を打ち倒す以外の選択肢はなかった。大八州勢はたちまちガラティア勢を押し返していく。


「敵勢、退くようです!」

「追い討ちせよ! 敵を出来る限り討て!」

「はっ!」


 すぐさま撤退を始めたガラティア軍を追撃する大八洲軍。数百の損害を与えたが、まもなく彼らも体勢を立て直し、大八洲勢もすぐに城内に戻った。


「やるじゃない、明智日向守」

「恐れ多いお言葉です」

「しかし奴らは何がしたいのかしら? あんな陣形、城攻めで使うのは馬鹿よ」

「やはり、本気で城を攻め落とそうとしたのではないのでしょう。城兵を怯えさせ、士気を削ぐのが目的であるかと」

「あんな見掛け倒しで?」


 ファランクスは確かに見た目こそ絶対に近付きたくないものであるが、弱点も多く、何より城攻めとの相性は最悪極まる。少しでも軍学の心ある者ならば、それが馬鹿馬鹿しい行為であることは分かるだろう。


「我らならそれが分かります。されど足軽などは、そのような術を持ちませぬ。あの槍にただただ震え上がることも、仕方がありません」

「そういうものかしら。末端まで軍学を教えておくべきだったわね」

「それは厳しいものがあるかと」


 ゲルマニアに次いで高い教育水準を持つ大八洲であるが、軍学者は閉鎖的であるし、軍学においては寺子屋のような施設もない。数万人に高度な教育を行うのは流石に無理だ。


「……ただの冗談よ」

「そうでしたか。しかしあれは、実際的な意味は何もないとは言え、兵士が怯えるのは問題です」

「そうね。で、どうする?」

「今は上杉の兵で防戦に当たるしか。諸侯の軍勢より多少は耐えられるでしょう」

「それくらいしかないか。まったく、皇帝の癖に嫌らしいことをしてくる奴ね」

「はい。とは言え、敵の陣形は攻城戦には向いておりません。敵もまた、無駄に疲れ果てるは必定かと」

「なるほど。根気比べって訳ね」

「そういうことになります」


 お互いにお互いの神経を削り合う持久戦。曉とアリスカンダルは珍しい戦いに突入するのであった。決着が付くのはまだ暫く先になりそうである。


 ○


 ACU2313 10/28 大八州皇國 潮仙半嶋 樂浪國


 一時は曉を滅亡の寸前前追い詰めた武田家であったが、当主を病で失い、内地の潮仙半嶋の付近まで勢力を縮小させていた。


「燕は我らに従い、今や滿洲は我らのもの。後背の心配がなく、上杉がガラティアとの戦いに全力を割かざるを得ない今こそ、再び都に攻め上る好機と存じまする」


 隻眼の軍師、山本菅助は武田家の諸将に提言した。武田の家督を一応継いだのは信晴の嫡孫勝千代であるが、彼はまだ幼く、政務を行える状況ではない。今は一時的に、当主の裁定を得ずに重臣達が政策を決定していた。


「しかし、信晴様が亡くなられたことが知れ渡り、唐土諸侯に動揺が広がっている。今は足元を固めるべきではないか?」


 武田の重臣の中の重臣、赤備えの騎馬隊を率いる山形次郞三郞信景は言った。かつての当主が死んだことは今や公然の秘密も同然であり、政務を行う能力のない当主に、武田に従ってきた諸侯も疑念を抱いている。


 そもそも主従関係はないのだから謀反ではないが、彼らが曉に再び付くのは芳しくない。韓などが上杉に追討を受けたのにも関わらず援軍を送れなかったのも、諸侯に対する威信を大きく落とすことになってしまっている。


「いいえ、信景様。逆にございまする。諸侯の紐帯を強めるは、文書や花押ではありませぬ。戦にて勝ちを得ることこそ、最も手っ取り早く、かつ強力に、諸侯を繋ぎ止めることが出来ましょう」

「儂もそう思うぞ。この好機に攻め込まずして、何が武田か!」


 武田の重臣の中でも特に老獪な将、眞田信濃守信昌も、山本菅助に賛意を示す。


「眞田殿もそう仰るか……。であれば、ここで攻め込むが上策やも知れぬな」

「山形殿、信晴様に最も近かったあなた様こそが、今や武田の主も同然にございまする。最後に決めるのはやはり山形殿かと」

「そ、そのようなこと、おこがましい! だが……確かに、大勢は決しつつあるが、当家の状況は芳しくない。動かなくてはならぬかもな」


 恐らく遠くない内に曉は滅ぼされ、最終的に上杉ではない誰かにより新体制が出来上がるだろう。だが武田家にとっての問題は、その体制でも武田家が十分な地位を得られるかどうかである。他家の力を借りて独立を守るようでは、下に見られることは間違いない。


「皆、ここは一気呵成に上杉に攻め込み、唐土諸侯に武田の武名を知らしめるべき時! 儂に付いて来てくれるか?」


 信景は諸将に尋ねた。


「無論です」「儂も、もちろんだぞ」「今こそ曉を滅ぼす時!」「兵らは戦がなくて暇をしておりますからな!」

「うむ……。都まではまだ攻め込めぬが、天領を再び食い荒らしてくれよう」


 ガラティア軍の進攻に合わせ、武田家もまた進攻を開始したのであった。

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