情勢の転回

 ACU2313 9/18 大八州皇國 中國 平明京


 ゲルマニア軍とヴェステンラント軍がカムロデュルムで激しい戦いを演じている頃。


「武田は潮仙まで下がるつもりのようです。一先ずは危機は脱することが出来ました」


 明智日向守は長尾右大將曉に報告した。大名の死を受け、曉を滅亡寸前まで武田勢は唐突に進攻を停止し、本国である潮仙半嶋の付近まで撤退した。今なお大八州内地と同じ広さくらいの領地を奪われてはいるが、中國全体からしたら大したものではない。


「でも西からはガラティアが迫っている。どの道ここで耐えることしか出来ないじゃない」


 危機を脱したと思ったら、今度はガラティア帝国軍が進軍を再開した。敵はゲルマニアを除いて世界三位の軍事力を誇る大国であり、全く安心することは出来ない。


「確かに。とは言え、二方面から攻め込まれる事態は避けられました。全力でガラティアと戦えます」

「前には撃退したんだから今度も撃退出来ると?」

「無論、負ける時は負けますが……勝てぬ戦ではありません。決して手は抜かずに戦えば、勝てます」

「そう」


 ガラティア帝国軍相手なら勝てると明智日向守は判断していた。だから全く余裕がない訳ではない。


「ガラティアがここまで攻め込んで来るには、まだ時間がかかるでしょう。その前に周辺の敵を押さえておく方がよろしいかと」

「そう? 余裕があるのならいいけれど」

「多少の余裕ならあります。武田相手には大幅に後れを取りましたが、当家の武威を再び示すことにより、唐土諸侯や国人どもへの求心力を維持することが出来るでしょう」

「そうね。なら頼むわ」

「はっ。では早速、武田についた韓國などを滅ぼして参りましょう。三千程度の兵をお与え下さい」

「ええ。とっととやってきなさい」


 ガラティア帝国に対する防備を整えつつ、明智日向守は周辺で従わない諸侯を平定しに向かった。一時は滅亡寸前まで追い込まれた曉であるが、形勢を挽回しつつある。


 ○


 ACU2313 9/20 大八州皇國 武蔵國 千代田城


 関東を押さえる北條家の広大な領地。その中心部に位置し湾に面する港町、千代田。その中心に聳える千代田城は北條家の拠点の中でも中核となる城である。北條家と同盟を結んだ伊達陸奥守晴政は、ここに同盟軍の諸将を集め、言わば前線司令部としていた。


「さて、我らは盟友となった。上杉に対抗する枢軸としては十分な戦力を手に入れた。これよりどうするべきか、策を練らねばならぬ」


 隻眼の大名晴政は諸将、諸大名の前でそう宣言した。唐土で曉が勢力を持ち返しつつある今、そろそろ行動を起こすべき時だ。


「じゃあ兄者、とっとと斎藤の領地に攻め込もうぜ!」


 晴政の兄、成政は言った。大八州の半分を押さえる上杉家の天領、それを収めているのが齋藤大和守虎信である。


「まあなあ。攻めてもいいが、未だに兵力では齋藤に負けておる。こちらに攻め込ませて罠に嵌めるならともかく、こちらから攻め込んで数の差を巻き返すのは難しい。無論、やれるとは思うがな!」

「無理なら素直に無理と言いなさいよ」


 伊達家の侍大將、鬼庭七赤桐は言った。実際、敵に地の利がある状況で劣勢を覆すなど、


「――まあいい。他に手立てがなければ戦をするしかないが、出来るのならば戦をせずに勝ちを得たい。或いはこの劣勢を覆してから戦に臨みたいものだ」

「戦をせずに勝つ? そんなことが出来るのか?」

「連中を中から切り崩すのがよかろう。調略だ」

「調略か……俺達には不得手だな」

「まあな」


 伊達家は歴史上、周辺の勢力を武力で捻じ伏せて勢力を拡大させてきたし、晴政もやはり武力で大抵のことを解決させる男である。合戦で奇策を考えるのは得意だが、陰謀は全く苦手である。


「伊達殿、調略と言うのなら我ら北條にお任せを。多少の造詣ならあります故」


 北條家当主、北條相模守氏長は言う。


「とは言え、調略だけで戦に勝てるのならば、天下に戦などありますまい。武略を用いるのもまた、調略の一つです」

「ふむ……どうすると言うのだ?」

「天領に攻め込みます。そして戦を挑みます」

「何? それのどこが調略だと?」

「齋藤殿は先に奥羽で負けました。既に諸将の心は齋藤殿から離れつつあります。今のところは敵の罠に嵌められたということで通っておりますが、自らの領地で負けたとなれば、いよいよ諸将は齋藤殿から離反するでしょう」


 上杉の天領はあまりにも広大であるが故に、その領地は諸侯に分け与えられ、彼らは大名とほとんど同等の自治を許されている。それは統治を効率的に行う為の施策であったが、彼らが裏切りを決め込んだ場合は天領が空中分解する危険性を孕んでいる。


 故に、その弱点を突くことで齋藤家を瓦解させ、たちどころに勝利を掴み取ろうと言うのが北條家の策である。その為には領国を動揺させる必要があり、その為にはやはりこちらから攻め込む必要がある。


「なるほど。規模は小さくとも勝ちを得るが重要だと言うことか」

「その通りです。根回しはこちらで進めておきましょう」


 かくして齋藤家攻略作戦は開始された。

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