全面攻勢
ACU2313 9/24 武蔵國 千代田城
「伊達殿、どうやら齋藤の領国では、既に離反の動きがあるようです。まだ齋藤殿に付き従う者の方が多い為に息を潜めているようですが、もう少し天秤を傾ければ一気に瓦解するかと思われます」
北條相模守は伊達陸奥守に調略の結果を報告した。魔導通信のお陰で調略はすぐに出来るものである。
「なるほど。であれば、そろそろこちらから仕掛けるとしよう。源十郎、支度は整っておるな?」
「はい。各隊、いつでも出陣出来ます」
「よろしい。それでは三河、北信濃、南信濃、越後、四つの攻め口から一気呵成に攻め込む! 各々、よろしく頼むぞ」
「「はっ!」」
北條と齋藤の長大な国境線。その四カ所に同時に攻撃を仕掛ける。その目的は齋藤の領地を制圧することではなく、あくまでその領国に動揺を広めることである。敵地の奥まで攻め込む予定はない。
○
「齋藤殿、国境に陣を敷いていた敵勢が、一気に攻め込んで参りました!」
「そうか。あの伊達陸奥守ならば全軍を集めて決戦を挑むと思っていたが、手堅い戦をするようだな」
「いかがされますか?」
「我が領国に敵が足を踏み入れることを許す訳にはいかぬ。こちらも兵を分け、敵を全て追い返せ」
「はっ」
この戦いが始まる前から既に両軍の部隊は四方面で睨み合いをしていた。それがそのまま激突するだけである。
○
ACU2313 10/2 上埜國
「斎藤は面白みのない戦をするようだな。我らが兵を分散させているのだから、奴は兵を纏めれば簡単に勝てるというのに」
晴政は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「やはり彼らは、領国をほんの僅かでも奪われることを恐れているのでございましょう」
長尾左大將朔は言う。
「であるな。それにここは越後。上杉家の発祥の地であるからな」
伊達陸奥守率いる軍勢は、越後に攻め込もうとしている。ここは上杉家の数百年前からの領地であり、今では広大な領国の中心地は京に移っているものの、上杉家中の精神的支柱となっている地域である。ここをもしも落とされれば、上杉家の動揺は大きいだろう。
「それは齋藤も分かっているのだろう。奴らも我らを通す気はなさそうだ」
「はい。敵の兵はおおよそ一万五千。我らは八千程度しかおりません」
「おおよそ倍、か。勝てるか、源十郎?」
「そう簡単ではありません。とは言え、越後を落とせば齋藤は崩れます。何としても勝たねばなりません」
「だが地の利は敵にあり、敵から攻め込んで来ることもあるまい。厳しいな」
「兄者が弱音を吐くなんて、珍しいじゃねえか」
敵に奇策を弄する隙はない。兵力が劣勢である以上は包囲するか奇策を使わねばならない訳だが、敵が守りを固めている以上、どちらも望み薄だ。これには晴政も手を出せないでいた。
「晴政様、別段、我らが勝たなくてもよいのです。三河や信濃でも、北條殿が攻め込んだとなれば齋藤の領国は大いに動揺する筈です」
「まあなあ。とは言え、越後ほどの衝撃ではない。やはり越後は欲しい」
「恐れながら、それは欲を張り過ぎと言うものかと」
「そう言われると何とも言い返せぬな……」
齋藤勢は越後だけは絶対に奪われまいと戦力を集中させている。それはつまり、越後以外の攻め口では守りが手薄になっているということだ。他の攻め口で勝利を得れば本来の目的は達成なのである。
とは言え伊達陸奥守は、この越後を切り取ることで最大の戦果を得ることを諦めていなかった。
「それならば……わたくしをお使いになるのがよろしいかと」
朔は少し覚悟を決めてから言った。
「お前を使う? どういうことだ?」
「その……忘れられがちですが、本来は齋藤殿もわたくしの下にあるべき者です」
朔は本来、上杉家の軍務全般を担当している。そしてその地位は別に失われた訳ではない。今でも上杉家の諸将の指揮権は朔が保持している。
「お前が奴らを従わせようと言うのか」
「はい。この手はここぞという時に取っておきたくございましたが、越後を攻める今こそが、ここぞという時にございましょう」
「なるほど。何とか出来るというのなら、何とかして見せよ」
朔の策略は始まった。
○
さて、朔は数十人程度の飛鳥衆を率いて敵陣に空から近づいた。そして彼女らは敵も掲げている上杉の軍旗を掲げている。
「我こそは長尾左大將朔! 謀反人長尾右大將や齋藤大和守に与する者共に告げます。あなた方は今、武士としての忠義を忘れ、私利私欲が為に主を討った逆賊に仕えています。このまま彼らに与すると言うのであれば、わたくしはあなた方をことごとく討たねばなりません! しかし、あなた方が上杉の武士であり、上杉へ忠義を尽くそうと言うのならば、今すぐわたくし達の下に戻って下さい! そうして下されば、あなた方の罪を咎めることは最早ありません!」
上杉家の最も正統で最も高い指揮権を持つ武士である朔。彼女が表に出て兵らに呼びかければ、動揺する将兵は少なくない。
「さ、朔様だ……」「朔様に弓を引くのか……?」
実際、齋藤の兵にはどよめきが広がり、士気は下がっていた。
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