君主クロムウェル

 それはザイス=インクヴァルト大将が帝都に戻る直前のこと。大将はこの事態の解決策がクロムウェル子爵を君主に仕立て上げるくらいしかないと、既に決め込んでいた。


「――という状況なのだがシグルズ、クロムウェル子爵を君主に仕立て上げたいが、王家の人間が健在な状況でその血と全く関係ない人間が国王になるというのは好ましくない。何かいい解決策は思い付くか?」

「なかなか大雑把ですね。今すぐ突撃歩兵を送り込んでクロムウェル子爵を殺してもいいですが――」

「シグルズ、それはやめてくれたまえ」


 流石にこれ以上情勢を混沌とさせる訳にはいかない。クロムウェル子爵には君主にはなってもらうが、どういう名目で君主にするか、それが問題である。国王にするのは彼が受け入れないだろう。


「であれば、新たな名前の君主の地位を創設するべきですね」

「そうだな。何かあるか?」

「では護国卿というのはどうでしょうか。ブリタンニアでは過去に国王の摂政の役職として運用されたことがあるようです」

「護国卿か。悪くない。まあ極論すれば国王でなければ名前は何でもよかったのだがな」

「かっこいい名前を探していただけだと……?」

「要はそういうことだ」


 この案はクロムウェル子爵を君主にすることを決めた後、ヒンケル総統に承認された。


 ○


 ACU2313 10/2 帝都ブルグンテン 王宮


「ウィリアム・クロムウェル、汝をブリタンニア護国卿として封ずる」

「ははっ。この上なき名誉です」


 ゲルマニア皇帝は、クロムウェル子爵を正式にブリタンニア護国卿に封じた。クロムウェル護国卿の誕生である。と同時に、ブリタンニアという国自体がゲルマニア皇帝の下に置かれることとなった。名目上は完全に、ブリタンニアとゲルマニアの同君連合が成立したのである。


「汝にはブリタンニア島及び付属の島嶼の全てを与えよう。この領地は未来永劫汝に属し、ゲルマニア皇帝にこれを取り上げ得ぬものとする」

「はっ」


 領地を与えるという形式を取れば、それはゲルマニア皇帝の意思次第でいつでも取り上げることが出来るということになってしまう。そこで皇帝はこのような異例の処置を取り、ブリタンニアが未来永劫ブリタンニア人に属することを約束した。


「またこれよりは。ブリタンニアとゲルマニアはより強い盟約によって結ばれることとなる。ブリタンニアを侵すものが現れれば、ゲルマニア政府は必ずや汝らを全力で救うであろう」

「はっ。とても心強いお言葉にございます。これで我が国も安泰でしょう」


 ブリタンニアがゲルマニアに乗っ取られる可能性は依然として残っているものの、ブリタンニアとの同盟は更に強化された。これはこの戦争が終わった後も抑止力として働くであろう。


 全てが前例のない大事であるが、特に滞りはなくクロムウェルは護国卿に就任し、ブリタンニアの新たな君主となったのである。


 〇


「護国卿だと? そんなものをゲルマニアは君主として認めると言うのか!」


 ルシタニア国王ルイは極めて不機嫌であった。正統主義者の国王にとって、王家を蔑ろにするその行いは許し得ぬものであった。それに共和国などという忌々しき名を使うのは癪に障る。


「ゲルマニアに伝えよ。このような挙に出るのであれば、神聖同盟からの離脱も辞さないとな!」

「陛下、どうか落ち着いて下さい。そんなことをしても誰の利益にもなりません。ただ我が国の安全が脅かされるだけです。そんなことをしても民と国の為になりません」


 アルタシャタ将軍は必死に国王を宥めた。そして幸運にも国王は感情のままに動くほどの愚者ではない。


「……民だけでよい。朕は国家である」

「それでは……」

「民に無意味な犠牲を強いることは出来ないな……。分かった、ここはゲルマニアと妥協しよう」

「はっ」


 民を誰よりも愛する国王に、アルタシャタ将軍の言葉は効いた。


「とは言え、クロムウェルを認めることは出来ぬ。あくまで保留だ。この大戦争が終わればブリタンニア問題は解決させよう」


 クロムウェル護国卿を認めた訳ではない。この戦争の間は問題を保留し、クロムウェルの政府と協力するという、ただそれだけである。


 〇


 ACU2313 10/6 ブリタンニア共和国 王都カムロデュルム


「皆様の信任に感謝致します。これよりは護国卿として、誠心誠意、ブリタンニアを防衛し栄えさせましょう」


 ブリタンニア議会に戻ってきたクロムウェル護国卿。彼にはなすべきことが無数に残っているが、その中でも最も重要なことを実行に移そうとしていた。


「既に誰もが分かっていることを期待しますが、ブリタンニアには強力な軍隊が必要です。自ら国を守り、そして独立自栄を維持するには、列強諸国に比肩する軍事力が必要です」


 ブリタンニアの貧弱な軍事力ではゲルマニアに従属するしか生きる術はない。それをクロムウェルは許せなかった。


「何故に我が国の軍隊が弱体であるのか。それは国家の軍隊が存在せず、諸侯に頼り切りであるからです。このような状況は是正されねばなりません。国内に存在する軍事力の全てを、議会に属させる必要があります。ルシタニアやゲルマニアに倣い、国民軍を編成すべきなのです」


 諸侯に固有の軍事力を保持することを許さず、その全てを国家の下に統合する。それがクロムウェルの計画である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る