国王追放
ACU2313 9/29 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「何? ブリタンニア国王が追放されただと? おいおい冗談だろう?」
ヒンケル総統は突然舞い込んできた報せを全く信じられなかった。
「間違いありません。国王陛下は現在、ゲルマニアに向けて船に乗っているとのことです」
この謀反を受けて急遽本国に帰って来たザイス=インクヴァルト大将は、冷静に言った。
「そんな馬鹿な……。国王を自国から追放するなど、あり得るのか……?」
「恐れながら閣下、ブリタンニア国王の人望は最早地に落ちたものでした。こうなるのもやむを得ないかと思われます」
「確かにそうかもしれんが……」
「このような誤報が流れて来るとは思えません。これは事実であるかと」
「うむ……そうだな。冗談にしては悪質だ」
こんな嘘を流したら不敬罪で収監されるのは間違いない。仮に嘘ならすぐにバレるこんなものに、そんな危険を冒す馬鹿がいるとは思えない。
「クロムウェル子爵……危険な男とは聞いていたが、まさかここまでやるとはな」
「まだ彼が犯人と決まった訳ではありませんが――」
「主君に堂々と謀反を起こそうなどと考えるのはあの男くらいだろう」
「まあ、それは否定しませんが」
ヒンケル総統は正しかった。その日のうちにクロムウェル子爵が国王を追放したこととブリタンニア共和国の建国を諸外国に宣言したのである。
「――そうなるか。総統閣下、最初から誰も従わない国王とは言え、これは問題です」
「問題しか思い付かないが、西部方面軍としては何が困る?」
「神聖同盟です。我が国がルシタニアやブリタンニアを解放する為に戦争を継続している最大の根拠ですが、国王が追放された以上、それが揺らいでしまいます。我々が同盟を結んだのは――正確には我らが皇帝陛下がですが――今追放された国王その人です。それが失われた今、ブリタンニアと我が国間には同盟関係が存在しないのです」
三国が結ぶ神聖同盟は形式としては君主同士の盟約である。これまではそんなこと気にもしなかったが、君主が廃された今、同盟は名目上崩壊した。
「いえ、正確には未だ国王ジョンと皇帝陛下の盟約は問題なく続いております」
「では何だ? 追放されたジョンの帰還を助けてブリタンニア共和国を滅ぼせとでも言うのか?」
「理論上はそうなります。我々が援助すべきは国王です」
ゲルマニアが同盟を結んでいるのは今現在船の上で揺られているジョン=リチャードなのである。であれば、ゲルマニアとしては国王を救うべく共和国を滅ぼす義務がある。
「……本気か?」
「いえいえ、まさか。この状況でブリタンニアと戦争を始めるなど正気ではありません」
「閣下、これは政治の問題です。軍部があまり関わるべきではないかと」
カイテル参謀総長、或いは上級大将は言った。これは政治と外交の問題であり、戦争の道具である軍部が関わるべき問題ではないと。
「それもそうか……。軍部としては、ブリタンニアとの交戦を避ければよいのだな?」
「はい。それさえ回避出来れば問題はありますまい」
「分かった。ではそのようにしよう。後は任せてくれたまえ」
かくして軍部は一旦問題を政府に任せることとした。しかしどうやらことはそう簡単ではないらしい。
○
ACU2313 9/29 ルシタニア王国 王都ルテティア
「――何? 本当か?」
「はい、陛下。ブリタンニア国王陛下は国を追われ、ゲルマニアへ亡命する最中であるとのことです」
ルシタニア国王にもその報せは届けられた。
「…………直ちに戦支度を整えよ!!」
「へ、陛下!?」
「今やブリタンニアは敵となった。我々は神聖同盟に基づき、簒奪者共をことごとく討ち果たす!」
国王ルイは激昂していた。直ちにブリタンニアの叛徒を討伐すると決意した。それは彼が国王であるからというのと、彼が普遍の原理と信じる主従の関係が踏みにじられたからである。
「しかし陛下、我々はまだ全ての領土を奪還したばかり。外国に出兵する余裕などありますまい」
ガラティア帝国から亡命して来た客将、アルタシャタ将軍は言う。彼の言うように、ルシタニアは荒廃した国内を復興するので手一杯で、ブリタンニア出兵など夢のまた夢という状況なのである。
「それでも我らは為さねばならない。これは我々の義務だ。国内の問題を理由に同盟の情誼に悖ることな出来ない」
「しかしまず、ゲルマニア軍に協力を得なければなりますまい。残念ですが、今のルシタニアでは独力で海を渡った出兵など出来ません」
「何? ゲルマニアが神聖同盟を裏切るというのか?」
「どうあれ、まずは皇帝陛下のお言葉が必要です」
「……そうだな。まずはゲルマニアにこの旨通達してくれ」
「ははっ」
ルシタニアは完全にやる気であった。しかし今まさにブリタンニアの地で戦っているゲルマニア軍にとっては到底受け入れがたい要求である。ヒンケル総統はルシタニア国王からの突き上げと現実との間に板挟みとなってしまった。
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