第四十四章 緊張

国王裁判

 ACU2313 9/26 ブリタンニア連合王国 王都カムロデュルム 王国貴族院


「――国王は己の身の可愛さに我が国をゲルマニアに売り払い、民を苦しめた! この罪はその死を以て償うべきである!」


 クロムウェル子爵は貴族院で声高にそう主張していた。国王が座る前で堂々と、である。


「そうだそうだ!」「国王に死を!」「断頭台に掛けよ!」


 彼に賛同する者は多く、三百人程度の議員の内の百人程度が彼に賛同し、国王の処刑を主張していた。無論、それは決して大多数という訳ではない。


「いかなる理由があれ、国王陛下を弑逆しようとする試みは許されない! それは我が国そのものの正統性を貶め、ひいては国家の危機を招くものである!」


 そう主張するのは王国の保守派の指導者、ハミルトン公爵である。彼に賛同する者の方が多数派であり、百五十人程度が少なくとも国王に危害を加えることに反対していた。


「その時は次の国王が立つまでであろう。そうやって我が国は存続してきた」

「それはやむを得ない場合であって、家臣が弑逆するは大逆の罪でしかない」

「国王は臣下の信託によって国を統治する者。臣下の信を失えば最早彼は国王たりえない」

「それを決めるのは民意を代表する議会だ」

「ほう。それでは手っ取り早く決めましょう」

「余は国王なのだぞ……」


 かくして国王の意思は全く無視して国王の処遇を決める投票が実施されることになった。第一の票決は、国王は有罪かどうかである。


「票決。有罪215票、無罪71票、よって国王は有罪である!」

「これほどまでに陛下を敬わぬとは……」


 ハミルトン公爵は結果を嘆いた。これは国王が少なくとも王位を失うことを意味する。そして第二の票決は、国王への判決は庶民院に任されるべきかである。


「票決。賛成82票、反対204票、よって国王への判決は貴族院によって決定される!」

「そうか。やはり自らの特権は放したがらないか」


 クロムウェル子爵はつまらなそうに言った。そして第三の票決は、国王はいかなる罰を受けるべきかである。これは賛成か反対の二択ではなく、各々の議員が適当と思われる刑罰を述べていくものである。


「国外追放107票、処刑103票、禁錮刑51票、よって国王は国外追放に処されるべきものである!」


 貴族院議長はそう宣言した。ブリタンニア国王ジョン=リチャードは王位を剥奪された上で国外追放に処される。クロムウェル子爵は不満を残していたが、この決定自体に逆らうつもりはなかった。


 この議決を以て王ではなくなったジョンはクロムウェル子爵の兵士に港へと連行された。


「さて諸君、国王は消えた。次の国王を決めねばならない」


 ハミルトン公爵は議員達に呼びかけた。


「ハミルトン卿、最早国王は我が国に不要……そうは思いませんか?」


 クロムウェル子爵は語り掛けるように言った。


「何を言うか! 国王とは国そのものである! 国王が挿げ替えられることはあれど、国王という存在は絶対的に必要である」

「今や国王など古き陋習。我々は国王などいなくとも国を運営することが出来ているではありませんか」

「こ、これは一時的な処置に過ぎない。王家からしかるべき方が戴冠するまでの処置だ」

「――まあいいでしょう。では一つご忠告をしましょう。我が国の軍事力の大半は私の指揮下にあることを、お忘れなきよう」


 ゲルマニア製の武器を大量に受領したクロムウェル子爵の軍隊は、今やブリタンニアで最大最強の戦力なのである。


「ひ、卑怯だぞ!」

「忠告はしましたよ? 賢明なご判断を願いたいものです」

「軍事力に任せてブリタンニアを乗っ取ると……?」

「いえいえまさか、そんな筈はありません。少なくとも今は」


 クロムウェル子爵の軍隊に今やどんな貴族も抗えなかった。そもそもここにいる貴族達は、自分の所領すら失っている者が大半なのである。固有の軍事力はほぼないに等しい。クロムウェル子爵に実力で抗える者はこの議会にはいないのである。


 ○


 ACU2313 9/28 王都カムロデュルム 貴族院


 数日後。カムロデュルム周辺の状況が落ち着いてきた頃、クロムウェル子爵は再び評決を求めた。それは国王そのものを廃止するか否かの票決である。


「廃止に賛成の者231、反対の者55票。よって王政は廃止されるべきものと認められる!」

「何ということだ……」

「今日この日を以て、ブリタンニアは生まれ変わるのです! ブリタンニアは新たにブリタンニア共和国として、貴族の合議によって政治を執り行うのです!」


 クロムウェル子爵は声高に宣言した。彼が毛嫌いする王政はたった今廃止され、ブリタンニア共和国が誕生したのである。だが彼の筋書きはこれで終わりではない。


「クロムウェル子爵、全てを話し合いで決めるなど現実的ではありません。我々には強い指導者が必要なのです。その職務と大権をあなたにお与えしたい」

「はい。共和国を防衛する為の暫定的な処置として、議会より大権をお預かりします」

「「クロムウェル首相、万歳!」」


 全ては事前の仕込みどおりだ。国家元首不在のまま、彼は政府首班の地位を得た。それは彼が王位を簒奪したと言われても仕方のない暴挙であった。

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