戦車突入
「シグルズ様、橋が架かりました! これで戦車と装甲車がカムロデュルムに入れます」
「よーし、よくやった。やっと機甲旅団らしい仕事が出来る。第88機甲旅団、カムロデュルムに突入せよ!」
事前に用意してあった移動式の橋が素早く架けられ、水堀は今や意味をなさなくなった。装甲車や戦車は続々と進軍し、カムロデュルムに入った。
「とは言え、戦車はあまり役に立たないか……。装甲車を前に出せ! コホルス級を対空機関砲で叩き落とす!」
「はい! 了解です」
装甲車は先行しているヒルデグント大佐に部隊のところまで前進し、備え付けの対空機関砲で上空を飛び回っている魔女達を次々と撃墜していった。
「シグルズ様、コホルス級は撤退するようです」
「それでいい。放っておけ。ここに防衛線を構築し、後続との合流を待つ。合流して戦力を整え次第、西に向かって進軍だ」
「はい。市街戦ですね……」
「そうなるね。それに味方の都市となると、無暗に建物を吹き飛ばす訳にもいかないし、やりにくいね……」
多少の巻き添えは仕方ないとはいえ、積極的に敵の遮蔽物たりうる建物を破壊するような戦術を採ることは出来ない。なかなか厳しい状況だ。
○
「予想通り、戦車が突入してきましたね」
「はい。しかし敵の橋は細く、一気に突入することは出来ないようです」
移動式ということで、橋は戦車が一両渡れる程度の太さしかない。故にゲルマニア軍の戦力投入はかなりゆっくりである。
「とは言え、時間が経てば敵の戦車部隊が全部来ます。私達にとって状況が悪くなっていく一方です」
「申し訳ありません、クロエ様。事前に市内の敵を洗い出せていれば、敵の侵入を許すことはなかった筈です」
マキナは悔しそうに言った。。
「いいんですよ。過ぎたことを考えている暇はありません。今は目の前のことに集中しましょう」
「はい。しかし、戦況は残念ながら、我々にとって極めて不利です。こうなったら、カムロデュルム市民を盾にして戦うしか」
ゲルマニア軍にとって同盟国に住民であるブリタンニア人を、彼らは積極的に攻撃することは出来ない筈だ。武器を持たない人間を盾にするというのは、最悪の手段だが。
「それは…………出来ません。罪のない市民を犠牲にするなど……」
「しかし、そうでもしなければ、この状況では勝ち目は――」
「いいえ、ダメです。そこまでするなら、カムロデュルムは捨てます」
「よろしいのですか? ブリタンニアで最大の要害であるカムロデュルムを失えば、ゲルマニアを直接攻撃する手段が失われます」
「分かっています。ですが、私にはそこまでして戦争は出来ません」
「……そうですか。それならば、先に市民を避難させてから防衛線を構築しましょう」
「ええ。そうしてください」
人間の盾を使ってまで抵抗する程の覚悟を、クロエは持っていなかった。
〇
「シグルズ様、前方に魔導反応を多数確認しました!」
「了解。だけど、敵影は見えないな……」
指揮装甲車から見える市街には、敵の姿は見えなかった。家々の中に隠れ、射撃の期を伺っているのだろう。
「どうしましょう。敵がいるのは間違いないのですが……」
「主砲で吹き飛ばす訳にもいかない、か。これは思ったより厄介だな」
ここが敵の都市ならば容赦なく敵を砲撃して遮蔽物ごと粉砕するのだが、そうはいかない。
「とは言え、敵の弩砲はない可能性が高い……」
「確証はありませんが、短期間で運べるものではないですからね」
「だったら、装甲車で接近出来る。敵の潜んでいる家に可能な限り接近して歩兵を降ろし、敵を制圧する。これだな」
「分かりました。そのように伝えます」
敵には装甲車を破壊出来る兵器がない。その非対称性にこそ、勝機がある。
「装甲車、前進せよ!」
シグルズの号令で、装甲車は陣形を飛び出し前に出る。
「敵の射撃です。しかし、今のところは弩だけのようです」
「弩砲なんて持ち出してくれるなよ……」
たちまちに装甲車に激しい射撃が行われた。無論、その攻撃が装甲を貫くことは出来ない。そして結局、装甲車にとって脅威となる兵器は現れなかった。
「敵陣に装甲車が突入しました」
「よし。歩兵を降ろせ。そして速やかに、敵兵を制圧せよ」
「はい!」
狭い路地に家を破壊しながら進入した装甲車から、次々と機関短銃を持った兵士が繰り出し、敵が隠れる家々に素早く突入した。
ヴェステンラント軍にはただの歩兵しかおらず、狭い室内で機関短銃に弩で抵抗するのは圧倒的に不利であり、物量でも一桁違う程の差を付けられている彼らに、勝ち目はなかった。
半ば上陸戦に近いような戦い方であるが、効果は覿面であり、ヴェステンラント軍の魔導反応はみるみるうちに消えていった。
「敵の防衛線に穴が開きました」
「よし。戦車を突入させ、一気に浸透する。全軍前進せよ!」
歩兵隊が開けた穴を戦車が通過するという、一見して本来の役目とは真逆な行動であるが、戦車の機能が制限されたこの状況では致し方あるまい。
戦車は動く要塞として機能し、ヴェステンラント軍の防衛線の穴を固定した。
「シグルズ様、敵が後退しているようです」
「それでいい。このまま西に追い詰めていく」
第88機甲旅団は順調に進撃を続けるのであった。
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