クロムウェルの野望
一方その頃、ヴェステンラント軍の手から解放された国王は、クロムウェル子爵の部下達に連れられ、安全な地下室に匿われていた。
「う、うむ。大儀である。よくやってくれた。クロムウェルとは会えるのか?」
「はい、陛下。クロムウェル子爵はここに向かっております」
「そ、そうか。それはよい」
国王を出迎えた兵士らの対応は冷たかった。そもそも無機質な地下室と相まって、国王は非常に孤独感を感じざるを得なかった。暫く待つと、クロムウェル子爵は国王に謁見しに地下室を訪れた。
「陛下、クロムウェル子爵です」
「おお、クロムウェルか。よくやってくれた。お前のお陰でゲルマニア軍がカムロデュルムに突入したと聞く。もうすぐヴェステンラント軍も逃げ帰るのだよな?」
「はい。ヴェステンラント軍は決死に抵抗しておりますが、ゲルマニア軍の勝ちに疑いはないものかと存じます」
「そ、それはよかった…………」
「……陛下。本当は陛下が臣民を率い、ヴェステンラントと戦うべきでした。少なくともゲルマニアに亡命し、抵抗の準備を進めておくべきだったのです。それを陛下は、むざむざとヴェステンラントに従い、彼らの傀儡に成り果てられた」
クロムウェル子爵は国王を公然と批判した。だが周囲には彼を咎める者はなく、国王は困惑した顔を浮かべるだけであった。
「お、お前、国王に向かって何を言っているのか分かっているのか……?」
「はい、陛下。私は今、陛下が極めて惰弱で無能であり、この国の王に相応しくないと申し上げています」
「は……? き、貴様……不敬である! こいつを逮捕せよ!」
国王は兵士達に命令を下した。しかし彼らが国王に従うことはなく、冷めた目で彼を一瞥するだけであった。
「陛下、最早この国で陛下に従おうとする者などおりません。これでお分かりですか?」
「ば、馬鹿な!」
「何とでも仰るがいい。ですがこれが現実です。陛下は最早、この国に必要ありません」
「ま、まさか貴様、余を殺そうと言うのか?」
「いいえ、陛下。それを決めるのは議会です。私にはその権利はありません。とは言え、国王でいられるのは残り何日でしょうかね」
「…………」
クロムウェル子爵は危険な男であった。実力者とは言え、彼に力を与えてしまったのは、神聖ゲルマニア帝国にとって正しい選択ではなかったかもしれない。
○
両軍が市内で激しい戦闘を続ける中、マキナとクロエは西門から動けないでいた。西門の前では大量の戦車が砲撃を続けており、多数の魔女もここに拘束されている。もしもこの戦力が西門を突破してカムロデュルムに攻め込んだ場合、いよいよヴェステンラント軍が壊滅するのは間違いないからである。
「クロエ様、ゲルマニア軍は装甲車を前面に押し出し、積極的な攻勢に出ている模様です。現状カムロデュルムに装甲車を撃破し得る兵器は僅かしか存在せず、戦況は我が方にとって非常に不利であると言わざるを得ません」
「マキナ……随分と実直に言ってくれますね…………」
「ご気分を害されたのであれば――」
「いいえ。今後も私に遠慮しないで精確な情報を伝えてくださいね」
「……はっ」
市内には弩砲が極めて少ない。海軍が壊滅した際に大部分が失われてしまったのと、ヴェステンラント軍がカムロデュルムの城壁と水堀に頼り切っていたからだ。結果として、ダキア戦役の戦訓をまるで活かせていない防衛戦を演じる羽目になっている。
「市内の武装勢力はどうなっていますか?」
「スカーレット隊長が順調に鎮圧しており、我が軍の秩序は回復しつつあります。しかし、どうしても戦力が不足しております」
「そうですよね……。困りました。このままでは敗北は必至ですね」
「そうであるかと。勢いはゲルマニア軍にあります」
「勢い、ですか。何としてもこちらの手に取り戻さないといけませんね」
ヴェステンラント軍もゲルマニア軍も、戦っているのは人間だ。勢いを制した者が勝つと言うのは、古代からの兵法の常道である。
「では、どうされるのですか?」
「守勢に回っているだけでは、現状を維持することしか出来ません。こちらからゲルマニア軍を押し返さなければ」
「反撃ですか?」
「反撃です。どの道、こちらから攻勢に出てゲルマニア軍を撃滅しなければ、カムロデュルムは守れません」
どれだけ堅固な防衛線を敷いても少しずつ押され、いずれは負ける。押し返すことが出来なければ、ヴェステンラント軍の負けは確定したようなものだ。
「こういう任務はスカーレット隊長が適任でしょう。マキナ、彼女を呼び戻して下さい。反撃の部隊を編成します」
「はい、直ちに」
まだ多少の武装勢力は残っているが、今や大勢に影響を与えらえれるほどではない。スカーレット隊長にはもっと有益な任務を与えるべきだろう。
「クロエ様、ただいま帰参致しました!」
「よくやってくれましたね、スカーレット。早速ですがあなたには、ゲルマニア軍を排除する槍となってもらいますよ」
「はっ! 何なりとご命令ください」
ヴェステンラント軍の反撃が始まる。
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