ライラ所長にせがむ

「ライラ所長、今お時間よろしいですか?」


 シグルズはライラ所長に通信を繋いだ。


『うん。大丈夫だけど、何?』

「現在の状況はご存知ですね?」

『うん、まあ、多分』

「この状況を打開するには、僕達がこの砂浜に港を作るしかないと考えます」

『港を作る? 流石の私でもそれは無理なんだけど』

「手段は簡単です。輸送艦を座礁させれば即席の港とすることが出来ます。輸送艦から直接兵士、武器を揚陸することが出来れば、ここに確固たる橋頭堡を築くことは容易かと」


 輸送船団に積んである大量の兵器を陸に上げるには、やはり港が必要だ。


『えー、うーん、港って本当に必要なの? だって、既に海岸は制圧しているんでしょう? 敵が攻撃してくる訳でもないし、ゆっくりと兵器を積み下ろせばいいんじゃないの?』

「それは……ええ、確かに。ライラ所長ならやはり気付きますか」


 そう、実際のところ、この砂浜を防衛するだけならば、わざわざ港を造るまでもない。つまりシグルズの狙いはもっと先にある。


『じゃあシグルズは何の為に?』

「ここを守りやすくなるというのもありますが、それよりも、敵から希望を奪うのが目的です」

『希望? また変なことを言うんだね』

「ええ、まあ。ヴェステンラント軍はポルテスムーダ港さえ守れば――或いは破壊してしまえば、ゲルマニア軍がブリタンニア島に攻勢を掛けることは出来ないと信じています。その希望を打ち砕くことが出来ますし、ポルテスムーダが破壊されても最低限の補給は実際に行えます」


 これは長い目で見ればブリタンニア島奪還作戦に向けて布石であり、直近ではポルテスムーダを頂戴する為の策でもある。


 まず港を造ることが出来れば、ポルテスムーダ港を完全に破壊されてもゲルマニア軍は物資をブリタンニアに届け続けることが出来る。


 またポルテスムーダを破壊しても無意味であるとヴェステンラント軍が悟れば、スカーレット隊長も抵抗を諦め、ポルテスムーダを明け渡してくれるかもしれない。まあこちらは副次的な効果に過ぎないが。


「こういう訳で、輸送艦を自沈させる許可を頂きたいのです」

『許可って、私よりもザイス=インクヴァルト大将の方が先じゃないの?』

「既に大将閣下から許可は頂いています。それとシュトライヒャー提督からも」

『おーう。て言うか、私の許可って必要なの? 別に私は爆撃機の指揮権くらいしか持ってない訳だけど』

「まあ命令系統の上ではそうですが、ザイス=インクヴァルト大将閣下から、ライラ所長の同意を得るべしと条件を付けられまして」

『そう……』


 輸送艦は帝国にとって非常に重要な存在だ。それを沈めてしまうに当たって、それを設計し建造した人間の意見は聞いておくべきだというのがザイス=インクヴァルト大将の条件である。


『え、私としてはせっかくの輸送艦は沈めたくないし、取っておけば活用方法はいくらでもあると思うんだけど……』

「ブリタンニアを取るよりも大きな利がありますか?」

『意地悪なことを言うなあ……』


 ライラ所長としては当然ながら、自分の作品をそんな用途に使われたくはない。だがそれでブリタンニアを落とせるのならば、天秤が傾く方向は明白だ。


『分かったよ。許可する。但し、絶対に作戦は成功させてよ?』

「もちろんです。ありがとうございます」


 所詮は船だ。再び建造することは出来る。


 〇


「クロエ様。どうやら敵は、船を沈めて港としているようです。対空機関砲や重砲が、次々と海岸に運び込まれています……」


 スカーレット隊長は苦々しい表情を浮かべながら、ゲルマニア軍の様子を報告した。


『そんなことが……。敵は防備を整えているのですね?』

「はい。西部戦線の塹壕戦のように、対空機関砲と機関銃で固められた陣地が構築されつつあります」

『三千程度の増援では、どうにもなりそうにありませんね』

「そ、それは……いえ、そうであるかと。敵兵も多くが上陸し、兵力は三万程度に膨れ上がっています」


 ゲルマニア軍の行動は早かった。ほんの3時間程度で船を沈めて港とし、多数の兵士、兵器の揚陸を開始したのだ。ヴェステンラント軍の増援が到着する頃には、何万もの兵士を葬った塹壕がそこに出現しているだろう。


「クロエ様……どうしましょうか。既に敵は港を手に入れてしまいました。港の周囲には塹壕が掘られ、守りも固いです」

『ええ……。どうやら上陸を阻む試みは失敗したようですね。最早、ポルテスムーダ港にこだわる必要はなくなったようです』

「で、では……」

『ポルテスムーダは放棄します。あなた達は脱出して下さい』

「しかし、港はゲルマニア軍に包囲されています。兵士達を逃がすことは出来ないかと……」

『飛べる者なら逃げられるでしょう。それ以外の者は、ゲルマニア軍に投降することを許可します。戦ったとしても私達に利益はありませんから』

「……分かりました。そのようにします」


 ポルテスムーダを破壊すればゲルマニア軍が総攻撃を仕掛けて来るだろう。スカーレット隊長など一部の魔女が秘密裏に脱出し、残された兵士はゲルマニア軍に降伏、ポルテスムーダ港は彼らの手に落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る