土壇場の交渉

「こいつは何とも……」

「厄介なことをしてくれるな」

「シグルズ様、そんなに問題なんですか?」

「ああ、問題だ。港を取れなければ、補給が出来ない」


 ヴェステンラント軍はポルテスムーダ港に立てこもった。そしてゲルマニア軍が攻撃を行った場合、直ちに港を爆破すると言う。港を奪えなければ戦線を維持出来ないゲルマニア軍としては、かなり痛いところを突かれた格好になってしまった。


「師団長殿、ここは交渉に賭けてみるのはどうだ?」


 オーレンドルフ幕僚長はそう提案した。


「交渉?」

「ああ。港を人質に立て籠っているのだ。こちらから何か対価を与えれば、撤退に応じてくれるかもしれない」

「なるほど。悪くない」


 例えば将兵を全て解放するくらいなら、全然問題なく許容出来る。港さえ取ればこっちのものだ。シグルズはヴェロニカにヴェステンラント軍との通信を繋がせた。


「あー、聞こえているかな。僕はゲルマニア帝国陸軍第88機甲旅団長のシグルズ・フォン・ハーケンブルク少将だ。君達と話がしたい」

『私はヴェステンラント軍のスカーレット・ファン・ヨードル隊長だ。それで? 話とは何だ?』

「直接話せて光栄だよ、スカーレット隊長。こちらから話したいことは一つだけだ。ポルテスムーダ港を僕達に明け渡して欲しい。そちらに条件があれば、何でも言ってくれ。可能な限り応えよう」


 シグルズとしては最大限の譲歩をした。しかしスカーレット隊長は鼻で笑って聞き入れようともしなかった。


『ふん。では私達の条件はただ一つ。今すぐブリタンニア島から撤退しろ。全ての兵士と兵器と艦隊をここから撤退させれば、この港はくれてやる』

「……自分が何を言っているのか分かってるのか?」

『当然だ』

「あくまで交渉する気はないということか」


 スカーレット隊長の目的はどこまでも港を奪われないことにあるようだ。兵士の命などよりも主からの命令を達成することの方が優先らしい。だがもう少し交渉を重ねてみる。


「――このままだと君の兵士が大勢死ぬだろう。それでもいいのか?」

『その時はこの港を爆破するまでだ。私達は死など恐れん!』

「本当にいいのか? 数千の命とただの港、君にとってはどちらが重いんだ?」

『この港が取られれば、ブリタンニアは落ちる。それと比べれば、安いものだ。私達の命など』


 スカーレット隊長の言葉には少し引け目が感じられる。


「たった一つの港で戦争の趨勢が決まるものじゃないだろう? その港一つで無意味な戦いを避けられるんだぞ?」

『何を言う。本当にそうであるならば、お前達は戦艦の大砲で私達を吹き飛ばしている筈だろう?』

「どうしても話を聞く気はないか」


 確かに言われてみればその通りだ。アトミラール・ヒッパーが海岸線には容赦なく砲撃を行っていたのに港には手を付けないのは、それがゲルマニア軍にとって重要だと白状しているようなものである。


「師団長殿、どうする? ヴェステンラント軍の援軍が到着するまで時間はあまり残されていない」


 オーレンドルフ幕僚長は若干焦っていた。現状の戦力は少なく、ヴェステンラント軍の組織的な反撃を迎え撃つには不足している。


「どうすると言われても……。港を完全に確保するのは絶対に必要で、でも攻撃したら壊されるからな」

「敵が破壊工作を行う前に制圧すると言うのは?」

「不可能だろう。魔女なら、それに気づいた瞬間に港を吹き飛ばせる」

「それは買い被りだと思うがな。とは言え、その公算の方が遥かに大きいのは事実だ」

「だったら提案しないでくれ……」

「では逆に、他に何の策があると?」

「それは――」


 正直言ってこの無謀な作戦くらいしか出来ることはなかった。ヴェステンラント軍に港を破壊される前にヴェステンラント軍を制圧する。しかも重砲はなしで。とても現実的とは思えない。


「それでは、スカーレット隊長を暗殺するというのはどうでしょうか?」


 ヴェロニカはそう提案した。確かにヴェロニカの潜入能力ならば、それも不可能ではないかもしれない。だが却下だ。


「いいや、仮に成功したとしても、スカーレット隊長のことだ。きっと、その時はすぐに港を破壊するように命令しているだろうね」

「そ、そうですね……」

「では、スカーレット隊長を殺してその隙に攻め込むか?」

「全く無理なことではないだろうが……」


 スカーレット隊長を暗殺し、指揮系統に混乱が生じているうちに港に突入し、破壊工作が行われる前に制圧する。言うのは簡単だが、これも非常に難易度の高い作戦だ。勝算は非常に薄いと言わざるを得ないだろう。


「クソッ……。もっと上陸戦の用意をしておけばよかった」


 即席の港などを用意しておけば港一つの為にここまで苦労することはなかっただろう。


「では、撤退するか?」

「最悪の場合はそうなるだろうな。だけど、出来ればここで橋頭保を確保したい」

「ではどうするのだ?」

「随分と賭けだが、策ならなくはない。失敗したら砂浜で防衛戦をやる羽目になるが」

「では、それに賭けるのがいいだろう。最悪に備えてヴェステンラント軍の塹壕を整備しておく」

「ああ。頼んだ」


 シグルズには少しの勝算があった。

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