久しぶりのシュルヴィ・オステルマン

 ジークリンデ・フォン・オステルマンというのがオステルマン師団長の戸籍上の名前であるが、彼女が魔女となって翼を広げて羽ばたくとき、ジークリンデは眠り、シュルヴィという人格が表に現れる。まあどちらの人格も粗野で雑なことに違いはないのだが、シュルヴィの方が攻撃的で人の話を聞かない。


 単身で艦隊から飛び出したオステルマン師団長は、激しい戦闘を続ける戦場に専用の回転式小銃を抱えて飛び込んだ。


「お、お前は、緑の目の魔女!」


 ヴェステンラントの魔女達は、オステルマン師団長に緊張した面持ちで魔法の杖を向ける。しかし当の本人は楽しそうに笑っていた。


「お、私のことを知ってるのか? そいつは光栄だな!」


 ダキア方面で確認された危険なゲルマニアの魔女として、彼女の情報はヴェステンラント軍に共有されている。その緑の目はかなり特徴的だ。


「ずっと現れないからどこかで死んだと思っていたが、ここに突然現れるとはな」

「ああ、実際ずっと眠ってたぜ。私も随分と栄達して、後方から指揮を執ることが多くなっちまったらしいからな」

「らしい? 何を言っている」

「お前らは知らなくていいことだ。さーて、では死んでもらおうか!」

「ほざけ! 死ぬのは貴様だ!」

「おっと」


 魔女達は石や槍や火の玉を矢継ぎ早にオステルマン師団長に投げつけた。しかし彼女は機敏な動きですらすらと攻撃を回避する。そして自慢の小銃を魔女達に向けた。


「こいつは――32!」


 目標との距離を測り、引き金を引く。次の瞬間、魔女の片腕が肩ごと吹き飛び、魔女は気を失って墜落した。人間の体内で爆発する恐るべき弾丸、ライラ所長が彼女専用に作っているものである。


 オステルマン師団長は撃鉄を下ろし、次の弾丸を装填する。


「21! 27! 16!」


 彼女が引き金を引く度に魔女達が吹き飛ばされ、次々と無残な死体が落下していった。


「な、何なんだこいつはっ!?」

「私はシュルヴィ・オステルマン様だ! 今すぐ逃げ帰るってんなら、見逃してやってもいいぜ?」

「こ、この……下がれ! これ以上の戦闘は無意味だ!」

「おや、随分と物分かりがいいじゃないか。まいっか」


 シュルヴィは約束を破るのは嫌いである。だから敗走する魔女達を攻撃することはなかった。


 ○


「うわああ! 来ないで下さい!」


 ヴェロニカは弱弱しく叫びつつ、ナイフを魔導装甲の隙間に差し込み、襲い掛かって来た魔導兵の喉を切り裂いた。溢れ出る鮮血を躱しつつ、ナイフの血を払い落とす。


「だ、大丈夫ですか、通信長!?」

「私は大丈夫です。それよりも状況は?」

「はい。全体的に優勢です。まもなく塹壕に突入した敵も片付くかと」

「分かりました。空から撃たれなければこっちのものですね」


 ヴェステンラントの魔女は撃退された。自由に戦えるようになったゲルマニア兵は機関短銃で魔導兵の殲滅を開始し、戦闘を圧倒的に優位に進めている。


『ヴェロニカ、地上の様子はどう?』

「はい。全戦域で優勢です。っと、敵軍が敗走を始めました!」


 ヴェロニカの目の前で魔導兵が背を向けて逃げ出した。


『ふう……。よくやった。これ以上敵に余力がないといいけど』

「そうですね……。こんなのを何度もやられたら身が持ちません」

『大丈夫だとは思うけど、一応ね』


 敵の兵力はブリタンニア南部の港に分散されている。このような攻撃で戦力を摩耗すれば、もう彼らの戦力は残されていない筈だ。実際、援軍が到着するまでヴェステンラント軍が積極的に攻撃を仕掛けて来ることはなかった。


 ○


「隊長、攻撃は……失敗しました。最早、我々には……」

「クッ……これまで、なのか……」


 ヴェステンラント軍の攻撃は失敗した。それどころか千人近い兵を失い、第三防衛線はすっかり機能不全に陥ってしまっている。


「スカーレット隊長! 敵です! 敵の援軍が上陸しています!」

「やはりか……。これでは敵の動きを読めたとしても……クソッ!」


 ゲルマニア軍の兵力は増えるばかり。戦車は補充され充足し、兵士は既に六千ばかりである。そしてヴェステンラント軍にはもう、弩砲すら残されていない。スカーレット隊長にはもう打てる手が残っていなかった。


「この塹壕で耐えきれるとは思えません。時間稼ぎすら出来るかどうか……」

「……そうだな。では、塹壕は捨てる! 全軍、ポルテスムーダ港に撤退せよ!」

「そ、そんなことをすれば、この砂浜に敵の根拠地を造ることを許してしまいます!」

「そうだろう。だが、こんな砂浜には大型船は付けられない。港を奪われなければ、まだ勝機はある!」

「……分かりました」


 港さえ取られなければまだ上陸した敵兵を殲滅することは可能だ。スカーレット隊長はそう判断し、水際の防衛線を放棄して港湾に撤退することにした。


 ○


「だ、誰もいない……」

「ああ……そうだね。もぬけの殻って奴だね」


 増援部隊を束ねて意気揚々と突撃したシグルズだったが、最終防衛線に敵はなく、何もなく、ただの溝があるだけであった。


 しかし次の瞬間、何者かからの通信が入った。


『我々はヴェステンラント軍のポルテスムーダ港守備隊である! ゲルマニア軍に告げる! お前達がこのポルテスムーダ港を攻撃した場合、港を完全に爆破する! これは脅しなどではない!』


 スカーレット隊長は何とも面倒なことをしてくれた訳だ。

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