上陸作戦Ⅱ

 ACU2313 7/13 総統官邸


「先日のご指摘を受けまして、西部方面軍で再び作戦を立案しました」

「随分と早いな。では聞かせてくれ」

「はい。一度に送り込める兵の限界が10万人であるのなら、敵の数を減らすしかありません」

「ふむ」

「であれば、敵を我々の上陸地点とは別の方向に誘引するしかありません。つまり、我々の上陸作戦の目的が、本来の目的と違う場所にあると敵に誤認させることが必要です」

「なるほど……。で、具体的な手段は?」

「爆撃です。敵に誤認させたい場所を爆撃し、そこに上陸を仕掛ける気であると誤認させます。通信も使うといいでしょう」


 ゲルマニアの爆撃機は速力や機動性は捨てているが、その代わりに航続距離が非常に長い。大陸からブリタンニア島に飛び爆撃を行って戻って来ることは可能だ。そして全く意味のない場所を爆撃して、敵を騙すのである。


「まあ、やるに越したことはないだろうな。これについて異論はあるか?」


 特に反論する者はいなかった。仮に失敗しても損はないからである。とは言え、失敗すると上陸作戦も失敗する訳で、もっと確実性が欲しい。


「敵を誘引出来なかったらどうする? そうしたら上陸した部隊が叩き潰されて作戦が終わるのではないか?」

「そうですね。誘引に失敗したら上陸部隊は全滅です」

「……それで?」

「ですので、成功させるしかありません。それ以外に選択肢はありません」

「それは……大丈夫なのか? 私には非常に危ない賭けをしているとしか思えないんだが」

「ええ、賭けであることに代わりはありません。ですが、こうでもしないと上陸作戦を成功させる手段はないのですよ」


 ザイス=インクヴァルト大将の作戦にしては酷く脆いものに思える。


「うーむ……。因みにシグルズ君はどう思う?」

「僕としてもザイス=インクヴァルト大将の作戦には賛成です。失敗したら、その時はその時ですよ」


 彼の有名なノルマンディー上陸作戦では連合国は派手な情報工作を行い、ドイツ軍の守備戦力をまるで違う場所に誘引した。そのお陰で上陸は成功したのである。だから上陸作戦とはそういうものなのである。


「それでいいものか……」

「閣下、こう言うのはあれですが、所詮は10万人程度です。失敗しても大した損害ではありません」

「んなっ、そ、それは……確かにそうかもしれんが……」


 総統もドン引きであるが、確かに間違いではない。帝国軍は今や総兵力300万。それと比べれば10万人などそこまで大きな損害ではない。失敗してもゲルマニア本土が危険に晒されることはないのだ。


「どうでしょうか、閣下。失敗したとしても失うものは少なく、成功すれば帝国の安全を完全なものとすることが出来ます。割に合った作戦ではありませんか?」

「それはそうだが……」

「ご決断なさるのは閣下です。軍部はそれに着いていくのみです」


 それがヒンケル国家元帥としての仕事である。


「…………分かった。その作戦、実行を許可する。但し、絶対に兵士を使い捨てようなどとはするなよ? その際は君を解任することだってできるのだ」


 ヒンケル総統はそれをかなり強調した。


「無論です。あくまで失敗の可能性がなくはないと申し上げたまでです。必ずや成功を掴み取って見せましょう」

「ああ。それと、今度の作戦名はどうするんだ?」

「はい。作戦名はゼーレーヴェ作戦にしようかと思います」

「アシカか……。まあいい。それはそのままで良い」

「はっ」


 かくしてブリタンニア島上陸作戦、ゼーレーヴェ作戦は始動した。


 〇


 ACU2313 7/15 ルシタニア王国 ノルマンディア


 西部方面軍は既に作戦の準備を始めていた。即ち、爆撃機をルシタニアの北海岸に集め、命令があり次第いつでも出撃出来る体制を整えていたのである。


「シグルズ、爆撃機に乗るのは久しぶりだねー」


 ライラ所長は相変わらず呑気に言う。今回も彼女が爆撃機編隊の指揮官を務め、シグルズはその副官である。


 何かあっても爆撃機をたちどころに修理出来るライラ所長と、唯一無二の戦闘能力を持ったシグルズ。敵地に乗り込むとなれば、この二人は必須だ。


「ええ、ダキア以来ですね。ですが今回は海を渡ります。落ちたらタダでは済みませんよ?」

「え? 海に落ちた方が機体の損傷は少ないんじゃないの? て言うかそうに違いないんだけど」

「そうじゃなくて、人間は海の上では生きて行けません」

「あー、確かに乗組員は死ぬね」

「はい、それが問題なんです」


 もしもブリタンニア海峡で故障など起こしたら待つのは死だけである。


「まあまあ、大丈夫大丈夫。私の爆撃機が故障なんて起こさないって」

「そういうことを言われると逆に不安になるのですが……」

「ええー」


 まあライラ所長の技術は本物だ。彼女がそう言うなら心配は要らないだろう。故障の可能性があるのなら先に言ってくれる。


「じゃあ、目標は取り敢えずデュブリスで、全機、出撃!」

「はい。離陸します」


 王都カムロデュルムの東にある港町、デュブリス。それが爆撃の目標である。つまるところ、上陸地点ではない。

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