第四十二章 ゼ―レーヴェ作戦

上陸作戦

 ACU2313 7/12 ブリタンニア連合王国 王都カムロデュルム


「最早魔導通信を覗き見る手段は、我が軍にとって意味を持った情報源ではなくなった。そう考えるべきだな」


 赤公オーギュスタンはクロエに躊躇いなく告げた。そこまで言われると、クロエも少し傷付く。


「……はい。ではどうすべきだと思いますか?」

「簡単なことだ。目だ。我々の目を使え」

「目?」

「敵の行動を事前に察知することは困難となった。であれば、ブリタンニアの海岸を監視し、敵艦隊の来襲に備える」

「しかし、そんなことが可能でしょうか? 私達の兵数では……」


 魔導兵には苦手な仕事だ。海岸線を防衛するにはどうしても数が必要であり、それはここにいるたった三万の魔導兵では到底足りるものではない。


「全ての海岸を防衛するとは言っていない。上陸される危険性がある場所だけ守ればよい」

「どこに上陸するかも読めるのですか?」

「いいや、完全に読めはしない。だが、ある程度絞ることは出来る」

「と言うと?」

「ゲルマニア軍は我が軍とは違い、常に補給を受け続けなければ戦えない。つまり、彼らはただ兵隊をブリタンニアに送りつけるだけではダメなのだ。継続的に輸送船を往復させられる体制を整えなければ、彼らは戦えない」

「つまり?」

「つまり、港が必要だ。彼らは大きな港を確保しなければ、ブリタンニアで戦争を行うことは出来ない。であれば、自ずと上陸地点は絞られる」

「なるほど……」


 ヴェステンラント軍はゲルマニア軍が上陸する可能性のある港、及びその周辺に陣地を構築し、ゲルマニア軍の上陸作戦に対し最良と呼ぶべき備えを取ったのである。


 ○


 ACU2313 7/18 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸


「えー、ご報告があります。開発中だった上陸艇と強襲揚陸艦、一応は完成したよ」


 絵に描いた魔女のような女性、帝国第一造兵廠のライラ所長は総統に報告した。シグルズが提案した上陸専用の兵器を、彼女はほんの二ヶ月で完成させたのである。まあ強襲揚陸艦は輸送艦の改造品であるし、上陸艇もほんの小型のものであるが。


「よくやってくれた、ライラ所長。これで上陸の算段が立ったということでいいんだな?」

「はい。少なくともブリタンニアに足を踏み入れる用意は整いました。しかしその後、ブリタンニアを制圧まで出来るかについては、僕は何とも言えません」


 少なくとも沿岸の敵戦力を粉砕してブリタンニアに上陸するところまではシグルズが保証出来る。だがそれから上陸地点を防衛し、更にブリタンニアを制圧出来るかは、陸海軍の手腕にかかっている。


「そう言えば、強襲揚陸艦に名前はあるのか、シグルズ?」

「名前ですか。一応、グンテルブルクではどうでしょうか?」

「随分と大きく出たな……」

「ま、まあ、それがいいという気がしたので」


 大日本帝国海軍の強襲揚陸艦はあきつ丸や神州丸――つまりは日本の別名と、何故か名前の格が高い。それに倣ってみたシグルズである。


「因みに海軍の方はもう承諾してくれてますが、どうです?」

「……まあ、よかろう。帝国の先槍となる船には相応しい名前だろう」


 ヒンケル総統の承認を以て、強襲揚陸艦の艦名はグンテルグルクに決定した。


「で、ザイス=インクヴァルト大将、上陸作戦の算段は付いたのか?」

「はい。西部方面軍の方で作戦を立案しました。上陸地点は王都カムロデュルムのすぐ東。グンテルグルクで敵の防衛線を粉砕した後、2日以内に30万の兵力を送り込んで橋頭堡を確保、そのままブリタンニアを北上して制圧する計画です」


 陸軍の作戦は大まかにはそのようなものである。作戦草案が会議室に配られ、人々は目を通す。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、大将。これは海軍の輸送能力では不可能だ」


 大洋艦隊司令長官、シュトライヒャー提督は言った。


「おや? 前回は出来たので今回も出来るものかと」


 春作戦におけるルシタニア後方への大上陸の話だ。


「あれは2週間以上かけてゆっくりと兵士を送り込んだんだ。たったの2日で30万など、我々には不可能だ」

「そうですか……。それは申し訳のないことを……」


 ザイス=インクヴァルト大将は演技臭い声で言う。


「……ともかく、総統閣下、現状の帝国海軍にはそれほどの兵力を一度に輸送する能力はありません」


 ゲルマニアに存在する船舶は全てゲルマニア海軍が管理しており、彼らが出来ないと言うのなら、ゲルマニアには出来ない。


「ではどのくらいまでなら運べるんだ?」

「2日では10万人が限度でしょう。それも帝国のあらゆる船を徴用してです」


 時間をかけて兵を運んでも意味がない。その間に上陸した部隊がやられてしまう。


「ということだ。ザイス=インクヴァルト大将、それを前提に作戦を立て直してくれ」

「なかなか厳しいものがありますが、承知しました。何とかしましょう」


 正直言って10万人ではヴェステンラントの反撃から橋頭堡を守りきる事は難しい。だがザイス=インクヴァルト大将はどんな状況でも勝利の方策を見つけ出す男だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る