帝国の経済再編
ACU2313 7/2 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
ヴェステンラント軍との休戦期間が終わるまで、残り二週間ほど。ライラ所長とシグルズが上陸用の兵器を色々と準備している中、帝国ではある問題が発生していた。
「我が総統、帝国銀行は既に保有する金の量を無視して通貨を発行しておりますが、それでもなお、帝国では通貨が圧倒的に不足しております。このままでは帝国経済は混乱し、兵器の調達が困難になることが予想されます」
クロージク財務大臣はそう報告した。帝国経済は肥大化し続ける軍需に引っ張られて過去に類を見ないほどに拡大しているが、その規模に通貨の量が追いついていないのである。下手をすれば国庫から金が尽きかねない。
「それは困ったな……。もっと通貨発行量を増やせないのか?」
「それは厳しいです。今でも同量の地金との交換を保証している以上、あまりにも通貨供給が増えると、帝国銀行が破綻する恐れがあります」
「ふむ……そうか……」
やはり地金との交換というのは通貨発行の大きな枷となる。これ以上通貨を増やすのは、帝国銀行には不可能である。それは変えようのない事実だ。
「シグルズ君、何かいい案はあるか?」
ヒンケル総統はシグルズに無茶ぶりをする。
「そ、そうですね……。以前にもご提案しましたが、地金との交換など止めてしまえばよいでしょう。そうすれば帝国は無限に通貨を発行することが出来ます」
「そ、それは、以前にも申し上げましたが、価値に保証がない通貨などただの紙切れに同じで――」
「それは違います。国家がそれの価値を保証すれば、例えばそこに転がっている鉛筆でも通貨となります。そもそも金銀というのも、人々がそれに価値があると合意するからこそ価値を持つのでは?」
シグルズからすれば常識だが、どうもこの世界では受け入れられにくいらしい。
例えば日本銀行券。実際の価値はほんの数厘の紙切れであるが、それに一円の価値があると帝国政府が保証するからこそ、それは一円紙幣となり得るのである。
「そ、それは……」
「言いたいことは分かった。仮にそれをしたとして、そうなれば税金など取る必要はなくなる、ということか?」
ヒンケル総統は尋ねる。確かに、国家が無限に金を刷れるのならば、税金など必要ないと思えなくもない。だがそれは違う。
「いいえ、それは違います。確かに国家は無限の支払い能力を持つことが出来ますが、そればかりを続けていては、国内に存在するソリデュスの量が無限に増えていきます。そうなってしまうとソリデュスの価値は暴落し、帝国経済は今度こそ死にます」
「なるほど……」
「はい。それを防止する為に税金は必要です。ソリデュスの価値を適切に保つ為、ちょうどよい割合の税金を設定しておけば、経済を正常な形に保つことが出来ます」
「つまりは、あれか。税は政府の財源ではなくなるということか」
「その通りです、閣下。これまで税は直接の財源でしたが、これからはソリデュスの量を調整する手段に過ぎなくなるのです」
これまでの世界では税は財源であった。何故なら貨幣に実質的な価値が伴っていたからである。だが政府が無限に貨幣を発行出来るようになった以上、貨幣など政府にとっては紙切れに過ぎない。つまり、税は財源ではない。
では税は何の為に存在するか。それは市中に存在する貨幣を回収し、その量を制御することである。そうでなければソリデュスの価値は暴落し、所謂ハイパーインフレに陥るだろう。
つまるところ、税金はインフレを抑止する最低限だけ回収すればよく、重税などというものは最早過去の遺物なのだ。
「ちょ、ちょっとお待ちください。まだやると決まった訳ではありません」
クロージク財務大臣は盛り上がる話に待ったをかける。
「そうだな。とは言え、私にはなかなか魅力的な施策と思えるが、どうだ?」
「それは……確かに上手く回れば帝国経済を心配する必要がなくなるでしょう。しかし政府が価値を保証するだけの通貨など……」
「必ずや、成功します。僕は絶対の確信を持っています」
「どうしてそう言い切れるんだ……」
それもその筈。二十二世紀の地球においては全ての国がそれでやりくりしていたのだから。
「し、しかし、貿易はどうするのですか? そのようなソリデュス、どの国も相手にしてはくれないでしょう」
「そもそも我が国にとって貿易相手などガラティア帝国しかないでしょう。そしてそのガラティアとは、物々交換を制度化させた貿易を確立しています」
「それはそうですが……」
ゲルマニアの武器とガラティアの食糧を交換する貿易はかなり上手く機能している。ここに貨幣は関係ない。
「どうだろうか、財務大臣。前向きに検討してもらいたい」
「……分かりました。実際の経済効果を計算したうえで考えさせて頂きます」
ヒンケル総統の言葉は事実上の命令であった。だから、帝国が完全な管理通貨制度に移行するのに、そう時間はかからなかった。
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